この美しい世界を旅したい

不具合なフグ

1章 旅の始まり

第1話 終わりは時に始まり

目が覚めると、冷たい風が頬を撫でていた。

ぼんやりとした意識の底から僕はゆっくりと浮上する。

……死んだはずだ。

交差点で信号が青に変わった瞬間、横から飛び出してきたトラックが——いや、記憶は途切れている。痛みも衝撃もただ「終わり」が訪れた感覚だけが残る。

顔にぬるりとした感触。


「ん……?」


舌だ。ざらざらした動物の舌。

僕は跳ね起きた。目の前に小さな狐のような生き物がいた。銀色の毛並み、赤い瞳。尻尾はふさふさで耳がぴんと立っている。


「……なんだお前」


やけに声が高い。風邪でもひいたんだろうか

狐はきょとんとした顔で首を傾げるとぴょんと跳ねて茂みへ消えた。

僕は立ち上がる。足元は岩だらけの斜面。見上げれば空は澄み切った蒼。雲がゆっくりと流れている。

山の頂上だ。でも鋭い稜線じゃない。丸みを帯びた穏やかな頂。標高は800メートルあるかないか。

風に乗って草の匂い。土の匂い。そして——

視界の端に異様な影。


「……あれは、森?」


いや違う。

それは森というより「壁」だった。

地平線を埋め尽くす緑の壁。幹は見えず、枝葉が空を覆い雲を突き抜けている。

一本一本が途方もなく巨大な木々、何メートルあるんだろうか。だがそれ以上に——


「……あれ」


僕は息を呑む。

中心の一本だけが異様に大きい。まるで他の木々を束ねたような存在。

僕はその場に立ち尽くした。

(ここ地球……だよね?)

まずはここが何処かの確認だよね。

辺りを見渡すと見慣れたビルや道路は無く、果てしなく山や海が続いている。

これじゃまるで地球ではない別のところに来たみたいだ。

足元に小さな池があった。湧き水が岩の間から染み出し澄んだ水面を作っている。

僕はそこから上半身を出し、水面を覗き込んだ。

そこに映ったのは——

白く長い髪。肩を越えて背中に流れ落ちている

小さな顔。大きな瞳。女性的な顔とは対照的に、胸はほとんど膨らみがない。


「……誰?」


そう僕が言うと、反射の少女も同じように口を動かす。

そう、言葉なんて必要なかった。水面がすべてを教えてくれた。

体を見下ろす。

手が小さい。指が細い。

しっかりとした生地のシャツにショートパンツ、足元は丈夫なブーツ。

ポケットに小さなナイフと布の袋、中には金貨?のようなものが入っていた。

ひとまず、今は落ち着こう

僕は池の水をすくって顔を洗う。冷たい。

立ち上がると風が強くなった。

巨大な木々の森。その中央の巨樹。

遠くの空を見たこともないような虹色の鳥が飛び、花は淡く発光している。

やはりここは地球では無い、完全に別の世界なんだと思う。でも、それでもこの不思議な世界を前に胸の奥が熱くなった。


「……この世界を旅したい」


今ここで決めた。

この不思議な世界のすべてを知りたい。

あの巨樹の葉はどんな感触?

森の奥にはどんな生き物が?

川の先にはどんな町が?

山を下る。岩を掴み土を蹴る。足取りは軽い。まるで体が新品みたいだ。

斜面を下りきると視界が開けてきた。

小さな村がある。石と木でできた家々が十数軒。煙突から煙が立ち上る。

そしてその向こうに——巨大な木々の森。

村は森の入り口にへばりつくように存在していた。根は川のように地面を這い家々を避けるように曲がっている。

村の入り口に老人が立っていた。杖をつきぼうっと巨樹を見上げている。


「あの……すみません」


僕が声をかけると老人はゆっくりと振り返った。


「……おお旅の人か」


目が優しく細まる。

「珍しいな。こんな山奥に若い娘さんが」

僕は一瞬驚いた。事実、自分の目で見た現実だとしても人に女の子として扱われると、やはり違和感が勝つ


「えっと、実は目覚めたらここにいて。状況が

よく分からなくて」


老人は頷いた。


「ほう……つまり記憶がないと?」


「はい。……ここはどこですか?」


「エルトの里。巨樹リューンブレードの根元じゃ」


リューン……ブレード?


「あの大きい木、名前があるんですか?」


「ああ。世界を支えると言われてる樹じゃよ。『根は大地を貫き葉は天を覆う。』昔話にも出てくる。昔はここに人は住んでおらんかった。じゃが樹が人を呼んだんじゃろうて」


僕は辺りを見回した。

空を飛ぶ鳥は翼が虹色に光っている。遠くの森からは鋭く音色の高い聞いたことのない鳴き声。山頂に居た時には気づかなかったが、空には虹が掛かっていた。


「……綺麗」


思わず呟く。

老人は笑った。


「初めて見るか? 外の世界はもっと凄いぞ」


「外?」


「巨樹の向こうじゃ。リューンブレードを中心に、全く異なる文化が発生している。

旅するものも多いが、一生かけても回りきれるか分からんの。」





その夜僕は村の宿でこの世界初めての食事をした。

こんがりと焼けたパン、外で見かけた輝く草の入ったスープ。

スープは不思議な味がして、しょっぱく、甘く、酸っぱく。でも美味しい


窓の外、巨大樹の葉が月光を浴びて銀河のように輝いていた──────────


翌朝僕は村を出た。

老人からもらった小さな袋——干し肉と硬いパン。

そして一枚の布。


「道に迷ったらこれを頭に被れ。風が道を示す」



森へ歩みを進める

足元で光る苔が道を作る。

果てしない程遠い空で巨大な影が動く。角が二本の竜。

僕は息を呑む。でも足を止めることはない。

(僕の旅はここから始まる)

白い髪が風に踊る。

ただこの美しい世界をしりたくて

僕は歩き続ける




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