ステージ21:『音』を奏でる者

【ステージ20の結末より】

「……あなたの『力』、見せてみよ」

空摩が、告げる。

「……『演奏者』として、お前は、どんな『シンフォニー』を、奏でる?」

玲は、ナイフを構え直し、黒龍の部隊(夜行衆)が突入してくるであろう、「門」の方向を、真っ直ぐに、見据えた。

地獄の連戦(バトル・ラッシュ)の、本当の「延長戦(アンコール)」が、今、始まろうとしていた。

【バトル15 vs. 国家の刃(夜行衆)】

バリバリバリィッ!

空摩の言葉が終わるか終わらないかのうちに、カラスの掘削機(ボーリング・マシン)がこじ開けた「穴」から、黒い戦闘服に身を包んだ影の集団が、雪崩(なだれ)を打って聖域になだれ込んできた。

「――夜行衆! 目標(ターゲット)は『調律者(玲)』と『魂石(アニマ)』の確保!」

「カラスの部隊(やつら)より先に行け! 撃て!」

彼らは、黒龍(ヘイロン)が率いる東亜連邦の精鋭部隊。

その動きには、シルバーウルフのような、ただの「兵士」の雑然さはない。

一人一人が、黒龍と同じ「気」の修練を積んだ、恐るべき「武人」であり、「兵士」でもある、最悪の混成部隊だった。

彼らは、この聖域の不可思議な「調和」の空気に、一瞬、怯(ひる)む。

だが、次の瞬間には、非情な戦闘機械へと戻り、その銃口を、聖域の守り手たちへと向けた。

「――聖域を、けがさせるかァッ!」

彼らの前に、一体の「鬼」が立ちはだかった。

慈道 尊(じどう たける)。

彼が抜き放った長巻(ながまき)が、地下空洞の魂石の光を浴びて、青白く輝く。

「――『祓魔ふつまの法』!カァッ!」

尊の身体から、玲が滝壺で放った「不協和音」とは対極の、「穢れ」だけを焼き尽くす、清浄な「殺意」のオーラが、炎のように立ち上った。

彼が長巻を一閃(いっせん)させると、その刃は、不可視の「衝撃波」となって、夜行衆の先頭集団を薙ぎ払う。

「ぐわっ!?」

「……馬鹿な、弾丸が……『曲がる』だと!?」

尊の「祓魔」のオーラが、銃弾の軌道さえも捻じ曲げ、弾丸が彼に届く前に、床や壁へと弾かれていく。

彼は、まさに「一人」で、一個小隊(いっこしょうたい)に匹敵する、圧倒的な「力」を見せつけた。

「……フン。あれが、この聖域の『力』か」

だが、その光景を、後方から、冷静に見つめている「目」があった。

黒龍(ヘイロン)。

彼は、部下の犠牲を、一切、意に介さず、ただ、尊の「音」の「本質」を、分析していた。

「……強力だが、一点集中の『力』。……全隊、散開しろ。あの『鬼(尊)』は俺がやる。残りは、『調律者(玲)』と『本堂』へ向かえ!」

「はっ!」

夜行衆が、統制された動きで、一斉に散開する。

尊が、別の兵士を薙ぎ払っている、その「隙」を突き、三名の兵士が、尊の脇をすり抜け、玲と空摩がいる、寺院の本堂へと、突入してきた。

「――!」

障子を蹴破り、銃口が、玲を、捉える。

(――速い!)

玲の頭(のう)が、そう「思考」するよりも、早く。

彼女の「身体」が、動いていた。

キィン……

黄金色に輝くナイフが、まるで、最初からそこに「在った」かのように、兵士が放った第一射の「弾丸」を、切り裂き、弾き飛ばしていた。

「……なっ!?」

兵士が、驚愕に目を見開く。

(……弾を……切った?)

だが、玲は、驚いていなかった。

彼女の「静寂(ゼロ)」の心には、もはや驚きも恐怖も、ない。

(……聴こえる)

彼女には、「弾丸」が、見えていた(・・・)のではない。

兵士が、引き金を「引こう」とする、その「意志」。

その「殺意」の「音」を、彼女は、完璧に「聴いて」いた。

そして、彼女の身体が、その「音」に、ただ、「調和」するように、動いただけ。

「……!」

兵士が、二射目を撃とうと、銃口を、玲へと向け直す。

――遅い。

玲の姿が、兵士の視界から、消えた。

いや、消えたのではない。

彼女はただ、まっすぐに、兵士の懐へと、踏み込んでいた。

それは、CIROエージェント「霞」としての、最短・最速の踏み込み。

だが、その「質」が、まるで、違っていた。

兵士の目には、玲が、まるで、何十人にも「分身」したかのように見えた。

その、全ての「玲」が、黄金色の光を放ちながら、自分に向かってくる。

(……馬鹿な、幻覚……か!?)

兵士が、恐怖に、銃を乱射しようとする。

パキン。

玲が、その銃身を、黄金色のナイフで、軽く「撫でた」。

ただ、それだけで。

最新鋭の合金で作られたはずのアサルトライフルが、まるで、砂の城が崩れるかのように、その「結合」を失い、バラバラの「部品」となって、床に散らばった。

「……!?」

兵士は、自らの手の中で起きた、あまりにも不可解な「現象」に、思考が、停止した。

「……あなたの『音』は」

玲の声が、兵士の、耳元で、響いた。

彼女は、いつの間にか、兵士の、背後に、立っていた。

「――乱れすぎている」

黄金色のナイフの「つか」が、兵士の、首筋の「急所」に、そっと、当てられる。

それは、ステュクスを打ち破った、あの「不協和音」の憎悪の打撃ではない。

黒龍の、内臓を破壊する「意拳」でもない。

トン。

と、ただ、触れただけ。

だが、ナイフに込められた、那智の村の『大いなる音(マントラ)』が、兵士の「気」の「経絡(けいらく)」を、「調律」した。

「……あ……」

兵士は、痛みも、苦しみも、感じなかった。

ただ、身体から、全ての「力」が、抜け落ちていく。

自らの「戦意」という「不協和音」が、強制的に「調和」させられ、その場に、糸が切れた人形のように、崩れ落ち、意識を失った。

「……!」

「……な、何をしやがった!?」

残りの二人の兵士が、その「ありえない光景」に、恐怖し、玲へと同時に、襲いかかった。

だが、玲の「静寂(ゼロ)」の心には、二人の「恐怖」の「音」が、うるさいほどに、聴こえていた。

玲は、もはや舞っていた。

彼女が滝壺で得た「静」の調律。

そして今、この場で、空摩に示された「動」の調律。

その二つが、今、完璧に、融合していた。

彼女は、銃弾の「音」を聴き、その「旋律」の間をすり抜ける。

彼女は、敵の「魂」の「音」を聴き、その「不協和音(殺意)」を、黄金色のナイフで、「調和(無力化)」させていく。

それは、もはや「戦闘」ではなかった。

聖華が、傷ついた身体を「癒す」ように。

尊が、穢れそのものを「祓う」ように。

玲は、敵の「戦意」そのものを、「調律」していた。

「……これが……」

寺院の隅で、その光景を見ていた聖華が、息を呑む。

「……尊の『祓魔』でも、私の『癒し』でもない……。……あれこそが……」

「……そうだ」

空摩が、静かに、頷いた。

「……あれが、お前の父、宗也が、夢見た力」

「……『破壊』ではなく、相手を『受け入れ』、そして、『奏で(・・・)させる(・・・)』力」

「……『演奏者』の、誕生だ」

玲は、黄金色のナイフを構え直し、次なる「不協和音」――寺院の外で、尊と激突している、黒龍その人の、ひときわ大きく、歪んだ「渇望の音」へと、その、静かな瞳を、向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る