第4話 交差する小さな奇跡
昼下がりの光が店内を柔らかく満たす。
花音は午前の片付けを終え、花瓶の水を替えながら、訪れた人々の顔を思い出していた。
青年・遥斗、中年女性、カップル――それぞれの心の揺れが、ほんのわずかに花音の胸に残っている。
ドアのベルがかすかに鳴った。
店内に入ってきたのは、昨日遥斗が渡した花束の受け取り手である女性だった。
彼女は少し照れくさそうに微笑む。
「この花、とても嬉しかったです。…昨日はありがとう」
花音は微笑みを返す。
その瞬間、店内の空気が一層やわらかく温かくなるのを感じた。
小さな行為が、静かに奇跡を生む瞬間だった。
続いて、先ほどの高校生カップルの友人が訪れる。
花音の指先で選ばれた花が、また別の小さな物語の種となる。
交差する人々の心は、目には見えない糸で結ばれているように感じられた。
外の通りでは、街路樹の葉がそよぎ、子どもたちの笑い声が響く。
花音は花瓶の水を替えながら、光と香りと音に包まれるこの時間が、街の誰かの心を少しだけ軽くしていることを感じた。
ふと、奥の棚の小さな鈴が揺れた。
音は鳴らず、光に反射してかすかにきらめく。
花音は手を止め、そっと微笑む。
――小さな奇跡は、誰かの心の奥にそっと届くのだ。
午後の光が窓から差し込み、花と人と街の間に、柔らかな影を落とす。
花音はそっと手を止め、深呼吸をひとつする。
小さな痛みも、小さな迷いも、今日の光の中で少しずつ和らいでいく。
その日、店を訪れた誰もが、気付かぬうちに少しだけ前を向いた。
そして花音自身も、街の小さな物語の一部として、静かに歩みを進めることになる。
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