僕らは変化を求めている

葛西末武

第1話 始業式

「達成した者には報酬を与えます。では各々見てください。」

 高校生の顔前にゲームのプロフィール画面のようなものが現れる。しかし、自分以外の画面は見ることはできないようでクラス全員が空中を見つめている。状況が状況でなければ滑稽な姿だろう。

「何これ?」

「どういうこと?」

「ゲームかよ。」

 大半の生徒は疑問符を浮かべている。一方、ある者は目を見開き、ある者は顔を真っ青にし、蛇に睨まれたように固まる。

 そんなクラスの状況を見て、それまで進・藤・龍・善・だ・っ・た・も・の・が不敵に笑うのだった。


 春―――。それは出会いのシーズン。

 それは高校生になって2度目の春を迎える学生達にとっても同じである。始業式を終え、HRを残すのみとなった熊本私立桜彩学園2年1組にもどこか浮足立った雰囲気が漂っている。

「にしてもこの3人が揃うとは思わなかったな。」

「えー、何それ。違うクラスが良かったってこと?」

「いや、そうじゃなくて、何だかんだ3人が揃うのって中学?いや小学以来かと思ってな。」

「まあ、森と中川とも腐れ縁だしな。」

「しかも隣同士ってすごい偶然だよね。」

「って言ってもどうせ席替えすればバラバラだけどね。」

「ほらまたそういうこと言う。優君はー。」

「まあまあ落ち着いて中川さん。」

 教室の後方で横並びの席で遠慮のない会話を繰り広げる3人。他の生徒も会話に花を咲かせている。


 その時、話し声を上回る音を立てて教室の扉が開かれる。バラバラだった視線が入室者に集まる。

「おーい、席に着けー。」

 少し気だるげな声で指示を出すのは、このクラスの担任の進藤龍善である。決して大きくはないものの、その声は良く通り、クラスの全員に伝わる。学生達は最後の一言二言を級友と交えた後、新しい担任の話を聞くために前を向く。自席から離れていた相川すずも自分の席に戻るべく、進藤の前を横切る。

 進藤はクラス25人の生徒が席に着いたことを確認し、黒板に「進藤龍善」と大きく記入した。持って来た大量の書類を慣れた手つきで配布の準備をする。

「それじゃあ、配布物配っていくぞ。今日は配布物が多いからな。配りながら話すぞ。」

 山のように置かれた資料を配りながらの連絡事項を行う。

「まず、俺は進藤龍善。年は32。独身。その他知りたいことがあったら個別に聞いてくれ。それより重大な連絡だが、この学校は少々特殊だ。1年から2年ではクラス替えがあるが、3年への進級時にクラス替えはない。これは受験時の精神的安定と結束力強化が目的だ。要するにこの25人のクラスメイトは2年間変わらない。だから人間関係には注意する事。そして今日の配布物について俺からの説明はしないから、各自見てくれ。」

 こんな教師で本当に大丈夫なのかと思う程、緩い雰囲気を醸し出す。丁度話し終わるタイミングで配布も終わった。

「それじゃあ、皆の自己紹介といこうか。じゃあ、相川すずさんから。」

 雑に振られた相川だったが、自信に溢れた表情で自己紹介をするのであった。


「はい、自己紹介お疲れ様。」

 進藤が黒板を消しながら、労いの言葉を投げる。しかし、学生達は進藤の話は右から左へ。2年生最初の放課後をどう過ごすかで頭の中をいっぱいにさせている。その時、不意に進藤の手から黒板消しが落ちる。

「あー、えーと、何を言えば良いんだっけ?」

 元々適当だった進藤の声から、更に覇気や生気と呼ばれるものが突如と消えた。同じ人物が話しているはずなのに、数秒前とは全く違う人格が現れたような話しぶりである。

 急な変化に戸惑う中、

「黒板消し落ちましたよ。」

 と永瀬葵が進藤に指摘する。

「あー、これは、僕が落としたというより、切り替え時に体が一瞬驚いた為に起きた、いわば生理現象の一種で…ってなんでこんなこと説明しているんだろう…。」

 疑いであった進藤の変化がよりはっきりとしたものになっていく。生徒たちの頭に疑問符が浮かぶ。

「そんなことより…」

 進藤の体が指パッチンをする。教室中に一瞬で嫌な寒気を感じる。

「おい、どうなってんだよ。」

 困惑した声を発したのは渡辺優。教室の一番後ろの席で、窓の外を指差す。

「…止まってる」

 通常なら桜の木から色鮮やかな花びらが舞い、新年度を祝っているはずだが、ほんの少しも動いていない。桜の木だけではなく、舞っている途中の花びらすらも静止しているのだ。余りにも超常な現象に不安感が教室を包み込む。

「私の話で皆さんの時間を奪うのは忍びないので、ちょっと外の時間を止めました。」

「お腹空いてきたので、ちょっとコンビニ行ってきた」ぐらいの口調で時間を止めたと豪語する。

「では、本題に移ります。私の…名前のようなものは…〈アスター〉が、それに当たるかと…。そんなことより、皆さんにはそれぞれにミッションを与え…」

「さっきからずっと聞いてたらよ。」

 淡々と話題を展開していく〈アスター〉に対し、教卓の目の前に座る佐倉大翔が立ち上がり詰め寄る。

「訳分からんお前の為に、誰がやると思ってるんだよ。」

 〈アスター〉の胸元に掴みかかり拳を振り上げた瞬間、佐倉が消えた―――。

 実は佐倉がプロボクサーで目にも止まらぬ速さで動いた結果、と言う訳ではない。物理的に人間が一人消失したのだ。

「えっ?」

 数人が戸惑いの声を発し、その他全員が言葉を失った。

 人が消える系のマジックがある。そのマジックでも必須の花びらや布で一瞬隠すようなこともなく、その場で瞬間的に消えたのである。否応なく、相手が超常的な現象を引き起こしていることを理解させられる。

 クラスを観察するように一通り見渡して〈アスター〉は次の言葉を発した。

「皆さんミッションに非協力的だとどうなるのか分かりましたか?」

 誰も反論ができるはずもなかった。


「やってられるか。」

 倉岡奏が乱雑にカバンを持ち、教室後方に向けて歩み始める。今までの比ではない異常事態に耐えられなくなったのか、その場からの退却を試みる。すれ違いざまに井口正の机にカバンが当たり、井口は肩をびくつかせるが、倉岡は気にせず進んでいく。倉岡が扉に手をかけるが、その扉が開かれることはなかった。

「何なんだよ。」

 終いにはバックを扉に叩きつけたり、体当たりをしたりするも、扉は何かに固定されているかのように何も起きない。虚しく、大きな物音だけが響く。

「そろそろ話を再開していいですか?」

 混乱している学生達を傍観していた〈アスター〉が再び口を開く。

「と言っても、もう疲れた。話すのも面倒…。だから、3つだけ言うので、ちゃんと聞いておいた方が…良い。」

 次第に言葉も適当になっていく。〈アスター〉は指を1本立てる。

「皆さんには、ミッションとそれを達成させるために必要な異能を授けます。期限は卒業式の日までです。」

 指を2本にする。

「達成した者には報酬を与えます。では各々見てください。」

 各々の顔前にゲームのプロフィール画面のようなものが現れる。しかし、自分以外の画面は見ることはできないようでクラス全員が空中を見つめている。状況が状況でなければ滑稽な姿だろう。

「何これ?」

「どういうこと?」

「ゲームかよ。」

 大半の生徒は疑問符を浮かべている。一方、ある者は目を見開き、ある者は顔を真っ青にし、蛇に睨まれたように固まる。

 クラスの状況を見て、それまで〈アスター〉が不敵に笑う。そして〈アスター〉は指を3本にする。

「あれ、2つだった。どうしよう…。」

 深く考えていなかったのだろうか。困ったような言葉を出すが、感情が乗っていない。

「どうしたら良いでしょうか?」

 その問いに応えられる者は誰もいない。

「あー、今のは質問だったと思うのですが、誰も答えてくれない…。まあ、いいや。最後3つ目。進学おめでとうございます。この一年が皆さんにとって大きな飛躍の年になるように…なんて。少しは教師らしい感じでまとめてみました。ああ、僕は教師ではないのに…。では、また。」

 〈アスター〉は再度指パッチンをする。

 先程まであった妙な寒気がなくなり、教室内に春らしい温かさが戻る。外の桜は舞い、数枚の花びらが教室に入り、床に落ちる。

「おい。倉岡。まだ終わってないぞ。席に着け。」

 進藤の表情に生気が戻り、何事もなかったように注意をする。

「せ、先生。佐倉さんが…。」

 百田朱莉が怯えた声で問いかける。

「ん?佐倉って誰だ?一つ下の学年にいた気がするが…何で今そんな話してるんだ?」

 それからは誰も何も言うことはできなかった。“何言ってんだ?”という進藤の表情が生徒たちの混乱を更に加速させる。進藤は続けて締めくくる。

「では、2年1組は私と24人のクラスメイトの合計25人で始まります。これから2年間よろしく。」

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