「王都を追放された『地味』聖女、辺境で『奇跡の薬師』になる ~モフモフ聖獣と王弟殿下に守られているので、今さら王都が崩壊しても知りません~」

とびぃ

第1話 第1章 偽聖女の烙印と「仕組まれた」追放劇 1-1: 謁見の間、仕組まれた席

「――よって、聖女リーナ・バークレイ。貴様を『偽聖女』として断罪し、王都より追放する!」

玉座(もどき)にふんぞり返った王太子ジュリアスの甲高い声が、謁見の間に響き渡った。

その声には、長年邪魔だったものをついに排除できるという、隠しきれない喜びと侮蔑が滲んでいる。

(……ああ、やはり、こうなりましたか)

リーナは、冷たい大理石の床に膝をついたまま、静かにその宣告を受け入れた。

顔を上げることは許されない。

床に映る、シャンデリアのきらびやかな光の反射を見つめながら、リーナは数日前からの違和感が、今日この瞬間に結実したことを悟っていた。

今日は、五年に一度行われる『聖女の功績報告会』のはずだった。

リーナが聖女として王都に召しだされてから、十八歳になった今年で、丸五年。

その節目となるはずの儀式は、しかし、明らかに異常な形で始まった。

まず、玉座に座っていたのが、国王陛下ではなく、その息子である王太子ジュリアスだったこと。

国王陛下は「急な公務」を理由に欠席。その代理として、ジュリアスがこの場を仕切っていた。

ジュリアスは、リーナが持つ『地味な力』を公然と軽蔑し、新しく見出された聖女セラの『派手な力』に夢中になっている。その彼が、なぜこの場に。

次に、集められた貴族たちの顔ぶれ。

彼らは皆、ジュリアス王太子の取り巻きか、リーナの実家であるバークレイ伯爵家と折り合いの悪い派閥の者たちばかり。リーナの五年間の功績を正当に評価できる人間は、誰一人としてこの場にいなかった。

そして、最も決定的な違和感。

ジュリアスの傍ら。本来、リーナが立つべき『聖女』の席に、臆面もなく寄り添うように立っている、もう一人の聖女、セラの存在だった。

セラは、半月ほど前に王都に現れた、新しい聖女だ。

彼女の力は『派手な治癒の光』。

怪我人や病人にその光をかざせば、どんな苦痛もたちどころに消え去るという。その即効性と分かりやすさに、王都の民衆は熱狂し、ジュリアスも彼女を「真の聖女」と呼び、自らの庇護下に置いた。

対して、リーナの力は『大地の浄化と植物の活性化』。

国の土壌に染み込む穢れを浄化し、作物の生育を促し、病の流行を防ぐ。国の『基盤』を支える、あまりにも地味で、目に見えない力。

誰も、リーナの力を見ようとはしなかった。

王都から病が減り、作物の収穫が安定しているのは、リーナが毎日祈りを捧げているからだとは、誰も理解しなかった。

彼らが求めるのは、目に見える『奇跡』。

そして、リーナはその『奇跡』を、ジュリアスが望む形では見せられなかった。

(この断罪は、仕組まれていた)

ジュリアスが、セラを『唯一の聖女』とするために、リーナという『前任者』を排除する。

今日は、そのための政治的な儀式。

集められた貴族たちは、その茶番劇に賛同し、王太子の機嫌を取るために集まった観客に過ぎない。

「リーナ・バークレイ!」

ジュリアスが、再びリーナの名を呼んだ。

「貴様は、この五年間、聖女としての務めを怠り、民を欺いてきた! その『地味な力』とやらで、一体、王都の何を守ってきたというのだ!」

嘲笑が、貴族たちの間から漏れ聞こえる。

「地味な力、か。聞いたこともない」

「そもそも、そんな力が本当に存在するのかね」

「セラの奇跡の光こそ、本物だ」

リーナは、床に縫い付けられたまま、唇を固く結んだ。

このまま、すべてを受け入れ、黙って追放されるべきか。

それが、おそらくは『正解』なのだろう。王太子の望む筋書き通りに、無能な偽聖女を演じきれば、これ以上の屈辱は受けずに済むのかもしれない。

(……いいえ)

リーナの中で、何かが、カチリと音を立てた。

(私を偽物と呼ぶことは、許しましょう)

(私を無能と罵ることも、受け入れましょう)

(けれど、お父様が……亡き父が、唯一『国の宝だ』と信じてくれた、この力を)

(この力まで、あなたたちに『無価値』だと決めつけさせるわけには、いかない……!)

父は、リーナが持つ力の重要性を、ただ一人、理解してくれていた。

彼が亡くなり、兄が家を継いでから、リーナは王都で完全に孤立した。

だが、父の言葉だけが、リーナの五年間の支えだった。

リーナは、床についていた手を握りしめると、禁を破り、ゆっくりと顔を上げた。

そして、玉座(もどき)に座るジュリアスを、その濁りのない真っ直ぐな瞳で、毅然と見据えた。

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