小話 エドとサラの結婚式1

 今日は、兄エドワードと義姉サラの結婚式が執り行われる日。

 朝から祝福の空気に満ちた礼拝堂には、客人たちの華やいだ声と、花の香りが静かに漂っていた。


 式が始まる少し前、エリシアはハルトヴィヒと共にサラの控室を訪れた。

 鏡の前に佇むサラの姿に、思わず息を呑む。


 ふんわりと巻かれた胡桃色の髪は、いくつもの編み込みが繊細に重ねられ、小さな白い花々がところどころに飾られていた。髪飾りのひとつひとつが、まるで精霊でも宿しているかのようだった。

 純白のウェディングドレスは上質なレースとフリルが惜しみなく使われ、サラの愛らしい魅力を存分に引き立てている。まるで童話の中から抜け出してきたようなその姿に、エリシアは思わずうっとりと見とれてしまった。


「……サラお義姉様、お綺麗です」

「ありがとう、リーシャ」


 サラは頬を桃色に染め、にこりと微笑んだ。その表情には、まぎれもない幸福が宿っている。

 ちなみに、サラの晴れ姿は兄が最初に目にしたらしく――感極まった兄は涙を拭くため、今は別室にいるらしい。

 二人の幸せそうな様子に、胸に温かいものが広がる。けれど同時に、エリシアは少しだけ申し訳ない気持ちになった。


「その、私のせいで……」

「こーら! リーシャのせいではないって何度言わせるの? それにわたくしはこの日までの時間も有意義に過ごしていたのよ? だってリーシャと仲良くなれたのだし。それなのに……早々にわたくしのもとから離れていくなんて。ねえ、リーシャ? エドとわたくしと一緒に暮らさない?」


 そう言ったサラは、エリシアの手を優しく握ると、ずいっと身を寄せてきた。ハルトヴィヒとはまた違う綺麗な顔が間近に迫り、エリシアは少しだけどきりとした。


 裁判も終わり、ようやく心身ともに落ち着いたエリシアは、今度こそ公爵夫人としての学びと結婚準備を進めるべく、再びアルベルト公爵邸で過ごすことになっているのだ。

 サラはそれを惜しいと思ってくれているらしい。


 少しだけ心が揺れ動いたその時、後ろから優しく引き寄せられ、身体がぴたりと誰かに抱き留められる。

 ふわりと鼻先をくすぐる、柑橘の香り。


「ご冗談を」


 頭上から聞こえる低く穏やかな声。振り返らずとも、誰のものかはすぐに分かる。ハルトヴィヒの声だった。

 その言葉に、サラの眉がぴくりと動く。


「あら? ハルトヴィヒさまには言っておりませんわ。わたくしはリーシャに言っておりますのよ?」

「僕がみすみすリーシャを離すとでも?」

「そんなのリーシャに訊いてみないとわかりませんわよ? ――ねっ、リーシャ?」

「えっ?」


 急に話を振られ、エリシアはきょとんと目を見開いた。いつのまにか二人の応酬に巻き込まれてしまった。


「リーシャはわたくしのこと好きよね?」

「ええ」


 サラはにっこりと、エリシアに同意を求めた。なんだか既視感がある。


「リーシャは僕のこと愛しているだろう?」

「…………はい」


 ハルトヴィヒもまたエリシアに同意を求める。こちらに振らないで欲しい。突然のことに鼓動がどくんと跳ね上がって、返事が遅れてしまった。

 その反応に、サラはしたり顔で胸を張る。


「ほら、聞きまして? わたくしのときは即答したわ!」

「ぐっ」


 ハルトヴィヒは悔しげに項垂れた。

 

「サ、サラお義姉様」


 小さくなったハルトヴィヒがなんだか可哀想になって、エリシアはサラと向き合った。


「私、サラお義姉さまがその、大好き、です」

「まあっ!」


 サラは小さく息をのんで、両手を口元に当てた。


「で、でも、その、ハルト様のことも……なので、これまで通り、アルベルト公爵邸で過ごそうと思います」


 ちゃんと伝わっただろうか。サラを傷つけてしまっていないか、不安が胸をよぎる。おずおずと様子を伺うと、サラは優しく微笑んで――。


「あーん。振られてしまったわ……」


 サラは両手で自分の胸を押さえると、大げさなほどに肩を落とした。

 けれどその表情はどこか楽しげで、目元には茶目っ気のある笑みが浮かんでいる。


「サラ」

「エド!」


 そのとき、控室の扉が開いて、兄が姿を見せた。サラはぱっと顔を輝かせ、嬉しそうに名を呼ぶ。


「あまりリーシャを困らせないでくれ」

「だって……」

「遊びに行けばいいだろう?」

「そうですけれど……邪魔者が一人いるから」


 サラがちらりと視線を向けた先には、言わずもがなハルトヴィヒがいる。

 ハルトヴィヒはにっこりと、実に柔らかく微笑んだ。


「……出入り禁止にしますよ」

 

 ハルトヴィヒとサラがむっとし、兄が苦笑する。エリシアは微かに笑った。


 穏やかで、朗らかで、温かな時間。こんな風に笑い合える日がやってくるなんて――かつての自分には、想像もできなかった。

 支えてくれる人がいて、笑い合える人がいて、自分はひとりではないのだと確かに思える。

 これから歩んでいく未来に、不安がないと言えば嘘になるけれど。

 それでも、隣に彼がいて、手を取ってくれるのなら。

 家族と呼べる人たちが、温かく見守ってくれるのなら。

 きっと、どんな道だって歩いていけるだろう。


「式の準備が整いました。皆さま、お席へお戻りくださいませ」


 案内の声にうながされ、エリシアはハルトヴィヒと共に控室を後にする。

 祝福の鐘が遠くで響いている。

 幸せな一日の始まりに、エリシアの胸はとくとくと高鳴っていた。

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