第3話 馬車の行方
リオルは俺の意思を確かめた後、商人に声をかけた。
最初は商人も見下すような態度をとっていた。だが、リオルが懐から金を取り出すと、目の色を変えてぺこぺこと頭を下げゴマすりをしていた。金の力は偉大だ。
貴族の坊ちゃんってだけで、なんであんな大金をスッと出せるんだ?
「また捨てられたら戻って来るんだな」
商人は嫌味を言いながら手錠以外を外し、俺を引き渡した。
馬車に揺られながら窓の外をぼんやり眺めていたリオルを横目に、しばらく迷ってから慎重に話かける。
「……あいつらを殺せば……仲間を助けられるのか?」
リオルは目を細めこちらに体を向けた。
「……ただ殺せば助けられる、なんて思わない方がいいよ。ああいう連中の背後には、必ず“動かしてるやつら”がいる。実行するには調べて策を練らないとね。闇雲に動いて失敗すれば、君の大事な仲間がどんな目にあうか……想像くらいできるでしょ?」
その頭の回転の速さに思わず息をのむ。そんなこと俺は考えもしなかった。
「なあリオル……お前、何歳だよ?」
「僕? 十二歳だよ〜」
そう無邪気に笑ってるのを見ると、どうみても隙だらけだってのに。
馬車が止まった。リオルが先に降り俺もそれに続いた。目の前に広がったのは、まるで城のようにでかい屋敷だった。
「……ここが、俺が住む場所か?」
高い石塀に囲まれたその屋敷は、正面の建物が薄いオレンジ色の石でできてて、屋根も白と青っぽい瓦がびっしり並んでいる。通り道の庭は間違って踏んだらぶっ飛ばされそうなくらい手入れされていた。
なんなんだここ。庶民どころか俺みてぇなのが、足を踏み入れていい場所じゃねぇだろ、絶対。
「残念ながら、僕たちが住むのはあっちだよ」
リオルが指をさした先には、屋敷から少し離れた別館が見えた。
「リオルだけ……あそこに住んでんのかよ?」
「そうだよ。まあ、使用人とかもいるけどね」
あの城みてぇなとこには家族が住んでんのか?なんでリオルだけ一緒じゃないんだ?そんな疑問が頭をよぎる。ちらりとリオルを見るが、表情を変えずに向こうの屋敷に歩いて行った。
まあ、あのデカい屋敷に住むよりは、こっちの方が落ち着くかもな。
俺も後に続いて中に入ると、使用人どもが一斉に動きを止め、目を丸くして俺を見ていた。そりゃそうだ。手錠をかけた獣人が屋敷に入ってきたんだからな。
黒服を着た老人がおずおずと前に出てくる。
「坊っちゃま。失礼ですが、この者は……?」
リオルが何かをヒソヒソと耳打ちした途端、老人の顔色が変わった。
「承知致しました。アンナ、ミナ、今すぐ湯浴みの用意を」
指示された女どもは慌ただしく動き始めた。貴族の屋敷には決まってああいう連中がいる。メイドだの執事だの……主人の世話をするやつらだ。つまり、この屋敷じゃリオルが主人ってわけか。
「いくよ」
「どこに連れてく気だ!」
「どこって
そう言いながらなんの躊躇もなく、俺の手錠を外す。金属の音がやけに軽く響いた。
「お、おい……マジかよ。外していいのか……?」
「こんなものついてたら不便でしょ」
……は? まじか、こいつ。
手錠や足枷がついてるのは俺にとっては当たり前で、いつの間にか体の一部みたいになっていた。売られた先で誰一人としてこれを外す奴はいなかった。当たり前だ。外されたら暴れるってのは普通分かんだろ。なのにこのガキは……何考えてんだよ。
「ほら、湯浴みしてきてよ」
いつの間にか目的の場所についたようだ。水の流れる音がする……匂いも、清潔な匂いだ。
「お、俺がしていいのか? 人間だけできるもんじゃ……」
俺の戸惑いにリオルはほんの一瞬だけ目を丸くした。
「君は、湯浴みをしたことがないの?」
「……ああ、店や売られた先じゃ、水を浴びることすらまともにできなかった。あいつらは俺らを道具として見てたからな」
リオルが小さくため息をつく。
「そう、どうりで汚いわけだね。じゃあ今日から毎日体を清めてね。それと水じゃなくてお湯を使うんだよ」
「はっ? お湯って、あったかい水のことか!?」
俺の声が裏返った。リオルは少し呆れながらクスッと笑って「うん、そうそう」と言った。
あの噂のあったかい水を使う日が来るなんて……夢にも思わなかったな。
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