第2話:酸
「酸っぱい味」これは、物理的な味覚としては、口内に広がる爽やかな風味や肉や魚の臭みを消し食欲を増進させる効果があったり、とかく良い意味の連想に繋がることが多いように思う。
一方、観念的な「酸っぱい」とは一体、どんなものか?それは、むしろ、少々の痛みや恥ずかしさを伴うものではなかろうか?しかし、人生を豊かにする上では欠かせない一幕の体験や経験値であったりもする。
例えば、恋をしたものであれば、成就するかしないか、まず一人で心のうちに抱えた段階、そして、勇気を持って告白したものの、恋とはお互いの気持ちが合ってこそ成立するものであるからして成立しないことも多々ある。やがて、その酸っぱくて口にすることも憚られる酷薄な告白体験も長い時を経て、熟成と蒸留という思い出補正が入ると甘酸っぱい思い出になったりする。薄幸経験も時を経れば、それなりに人生を彩る良い絵の具の一色となるのである。薄幸の発酵による発光効果とでも言えようか。
サッパリする、という意味では、しなかった後悔より、した後悔の方がサッパリするのである。その点、私などはこのポリシーに立つがあまり、恋愛に関してはあまりに一縷の望みにかけての蛮勇の度合が過ぎた側面もあるように思う。私という人間にリトマス試験紙を浸してみれば、間違いなく「酸性」を示すであろう。ただ、その点、男子で良かったとも思う。なぜなら、自然界に目を転じてみれば、オスはメスの気を惹くために涙ぐましい努力や時には角を突き合わせて激しいマウントの取り合いやどれだけ高く飛んで見せたかで優劣が決まるなど、メスを巡る激しい闘争活動を繰り広げているわけだから、「男子たるもの挑んでこそ」という心境に立脚し、そこから「Be a man! Don't worry! Be happy!」という哲学的境地に到達できたのだから。
そういう意味では、女子は大学に入学した辺りから、急に奥手になるのはなぜなのだろうか?高校までは、女子二人で好きな男子を体育館の裏に呼び出して、「私のことどう思っているのよ!?」などと、女子の方からへっぴり腰の男子のケツを叩いてカップル成立となるような話も他人事ながら聞いたように思う。しかし、大学生ぐらいになると、不思議とピタリと止むのである。もちろん、世の中には、女子から告白というケースもあるのであろうが、そのケースはめっきり減るように思う。
その点、今の世の中、マッチングアプリなどで出会う人が多いというのだから、出会いは「半径30m」という時代から「半径30km」ぐらいには広がっているのだろうし、遥かに恋はしやすい世の中になっているのだと思う。
つまり、昔は、サークルだ、バイト先だ、職場だの、「失敗すればそれなりの代償は大きい」「その後の空気が気まずくなる」といった狭い世界でのチャレンジをしなくてはならなかったが、今はそのリスクを冒さなくて済むわけである。
ただ、冒頭にも述べたように、人生には小さな躓きは必要なのである。家康も遺訓の中で「勝つ事ばかり知りて、負くること知らざれば害、其の身に至る。」と言っているように、負けるという「酸っぱい」体験は強い人生を作っていく上では必要な通過儀式なのである。躓くからこそ、次回からは転ばないように気をつけるようになるというものである。そういう意味では、現代は恋はマッチングアプリで安全な外の世界で、受験は推薦入試であのヒリツクような緊張感を経験することなく入学するケースも増えており、体験&経験する「酸っぱさ」のphの度合がマイルドになりすぎていないだろうか?こんなことを言うようになったのも、私が年を重ねた証拠であろうか?
とにかくチャレンジしていないと柑橘系の爽やかな後味にはならないのである。人生経験が深いことを「酸も甘いも知り尽くした」などと言う。人生の襞は、複雑に綾を織りなしているのである。
パエリヤにレモンの香りは欠かせないし、檸檬紅茶は風味を良くするように、人生にもギュッと絞った酸っぱいレモンの香りと梅干のように思い出しただけで強烈な印象と警告を発してくれる体験は不可欠なのだと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます