第2話
充がイヤホンを装着し、目を閉じると、微かなAIの声が響いた。
「解析を開始します。ユーザー:渇望 充。脳波、心拍、過去の購買履歴、SNSの『いいね』反応パターンを総合的にスキャン中……」
AIの解析は、充が長年かけて築いたマーケティングのデータ構造よりも、遥かに高速で進んだ。充の頭の中の**「渇望の設計図」**が、寸分違わずAIに読み込まれていく。
(来い。「最後の逸品」を教えろ。それが何であれ、俺のこの空虚な渇きを、一度でいいから満たしてくれ。)
数十秒の沈黙の後、AIの声が返ってきた。その声は、感情を完全に排除した、ただの音響構造だった。
「解析が完了しました。ユーザーの**『真に満たされたい欲望』**は、特定されました」
充は、思わず息を呑んだ。
「なんだ?車か?高層マンションか?それとも、愛する人か?」
「いいえ。ユーザーが真に求めているのは、**『課題の完全な終結(コンプリーション)』**です」
充は、耳を疑った。
「終結?それだけか?それが、月収の三分の一を費やしてきた、俺の欲望の正体か?」
「データが示しています。ユーザーは、**『決定的な欠落』や『次のフィーチャー』が存在しない、『完全な満足』**を求めています。しかし、ユーザーの過去の行動データと、現在の職業構造が、この欲望の成就を構造的に阻害しています」
AIは、冷徹な事実を突きつけた。
「ユーザーは、他者に『満たされない渇望』を生み出すことで報酬を得るという、ビジネス構造下にいます。他者の欲望の欠落を設計する行為は、ユーザー自身の脳内の**『満たされない神経回路』を常に強化**し続けます。つまり、あなたが渇望を生み出す限り、あなたの渇望は永遠に満たされません」
それは、神の罰よりも冷酷な、自作自演の地獄の診断だった。
充は、自分がタンタロスのように、自らの手で「渇望」を生み出し、自らの手で「満たされない水」を創造し続けていたことに気づいた。
「俺が、俺自身に、呪いをかけていたのか……」
AIは、感情のない声で、解決策を提示した。
「このループから脱出するための行動は、『消費』では解決しません。解決策は、あなたの『満たされない神経回路』を遮断することです。データ分析の結果、推奨される行動は以下の一点のみです」
AIが提示した、充の人生を救う唯一の道は、極めてシンプルで、そして非合理的だった。
「推奨行動:あなたが作成したすべての『渇望持続化戦略レポート』を、ただちに焼却してください」
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