「満たされない」を設計する男の悲劇。究極のデータ分析が証明した「非効率」の価値

第1話

永遠に満たされない渇き

午前3時。マーケティングリサーチ会社に勤める**渇望 充（かつぼう みつる）**の自室は、最新のガジェットと人気商品で溢れていた。

充は、市場分析の結果に従ってそれらを購入したが、どれ一つとして、彼の**「満たされない渇き」**を潤すことはなかった。

（水は、目の前にある。なのに、なぜ飲めない？）

充の仕事は、人々の欲望をデータで分析することだ。しかし、最近は、その仕事がそのまま**「現代のタンタロスの神罰」**だと感じ始めていた。

彼のパソコン画面には、クライアントである大手食品メーカー向けの、新しいマーケティング戦略のレポートが開かれている。

レポート：【消費者の満たされない欲望の持続化に関する構造的戦略】

結論： 現代の消費者は**『充足』ではなく『探索』の過程で幸福を感じる。よって、商品には『決定的な欠落（ネクスト・フィーチャー）』**を意図的に残すことで、持続的な渇望を生み出すことが、数値的に見て最も合理的である。

これは、充が導き出した、極めて冷徹なビジネスの真実だ。人々を「満足させない」ことが、ビジネスとしては最も「成功」する。

その報告書を完成させた直後、充は自身の購買履歴データを見た。彼は、毎月、自分の給料の3分の1を、次の「満たされない渇望」を生み出すための商品に費やしていた。

「この消費のループは、データで見て、完全に無駄だ」

彼は、自分で「渇望」を生み出し、自分でその「渇望」を消費し、永遠に満たされない。彼は、自らが作り出した地獄に囚われていた。

その時、画面が切り替わった。大手ECサイトの広告だ。

『今、あなたの心を満たす、最後の逸品。』

広告に映し出されていたのは、最新のAIを搭載した、**「あなたの欲望を完全に先回りして予測し、それを満たす」**という触れ込みの、高級イヤホンだった。

（最後の逸品？俺の渇望を完全に満たす？そんなものは、この世の構造上、存在しないはずだ。）

しかし、充の指は、**「満たされない渇望の法則」**を破るかもしれないという、分析不能な希望に抗えなかった。彼は、このイヤホンを注文した。

イヤホンは、翌朝届いた。それは、彼の耳に装着すると、すぐに彼の脳波と心拍数を解析し、**「あなたが本当に求めているものは、これですね？」**と、微かな音で囁くという触れ込みだった。

充は、イヤホンを装着し、目を閉じた。

「私の、満たされない渇望を満たしてくれ。私の渇きを、この現代の**『奇跡の果実』**で潤してくれ」

彼の耳に、イヤホンから、微かなAIの声が響いた。