黒魔道士ファウスト――王の証と愛の呪い

青出インディゴ

第1話 終幕と黄金の日々

 遠くで祝宴の歓声が上がるのが聞こえる。音楽の演奏に、何発もの花火の音。

 その夜、後宮の一室で、俺は騎士ナイトを抱いた。殺されなくてよかったと思った。彼女はそうしようと思えば、黒魔道士ウィザードの俺など一捻りにすることができるから。つまり、口説いたのは命がけだった。

 静寂の中、吐息とシーツの乱れる音だけがする。

 アリアドネは美しかった。亜麻色の長い髪がさらさらとこぼれ落ち、はしばみ色の瞳が潤んでいる。石造りの窓辺から注ぐ星明かりが、白い体に複雑な模様のシルエットを描いている。

 しばらくして、俺はぼんやりと天井を見上げていた。

「みんなが知ったら驚くだろうな」

 4人のパーティの仲間のうち、一番接点がなさそうなのが俺たちだろう。俺と戦士ウォリアーのランドーなら元王立軍の同僚だし、白魔道士ヒーラーの真珠姫なら魔道士という共通点がある。だが、アリアドネとは?

 独り言のつもりでつぶやいた言葉に、彼女は「ファウスト」と反応した。「みんなに言うつもりか」

「私は構わないが、あなたさえよければ、アリアドネ」俺はからかい半分で髪に口づけする。

 彼女は目を伏せた。白い頬に睫毛の長い影が落ちる。

「私はお慕いしているかたがいる」

「ひどいな」

「違う、貴殿は好きだ、だけど――」

 俺は、わかってる、とささやいた。

 幸福で、満ち足りて、そして、どうしようもなく寂しい夜は過ぎていく。

 朝が来るのが怖かった。


 長い話をしよう。これからするのは、今夜に至るまでの物語だ。

 5年前。ガリア王国歴746年のその年、王立軍でアレス・アウレム・ゴルト・ドゥ=ガリアと言えば、エースと呼ばれる軍人だった。

「おい、気づいてないとは言わせないぞ。お前もエースと呼ばれてるんじゃないか。黒魔道士ウィザード軍トップ入隊のファウスト」

 いつかの戦勝会でアレスと席を同じくしたとき、彼はそんなふうに言ってのけて明るく笑った。ワインが好きな――それも安物でも気にしないたちの男だった。国王の甥のくせに。

「よせ」とアレスは苦虫を噛みつぶしたような顔で首を振る。「そんなことで持ち上げられても嬉しくない。だから私は士官学校に入ったのだ」

 上流貴族の子弟であれば、無試験で名誉職士官になるものを、このアレスという男は純粋に自分の力を磨くために一般貴族と同等の道を選び、他の若者と切磋琢磨した。自信に違わず、彼の武勇は抜きん出ていた。いっそ危険なほどに。

 次の国境戦線で、俺たちは初めて同じ部隊に配属され、背中を預け合って戦った。

 前線でアレスが剣を振るうと血しぶきが草原を濡らし、手足が宙を舞う。ひざまずいた敵兵の頭上で、アレスが剣を振りかぶったそのとき、敵方の魔法の水流がうなりを上げて飛んできた。俺は素早く詠唱を開始する。

「プラエスタト・ミヒ・ヴィレス・トゥアス・サラマンドラ――立て、火柱!」

 途端、豪快な音を立ててアレスの周囲を火柱が取り囲む。火炎の防御陣に触れ、敵兵も水流も一瞬にして蒸発する。

「ファウスト!」

 彼は振り返って笑顔を見せた。俺も笑いかける。アレスは火柱をかいくぐって突進し、敵を残らず斬り捨てた。

 それからの日々、俺たちは幾度もの戦線を共にし、王国のために命を賭けた。国家の平和は堅守され、人々は豊かに暮らした。たまの休みに城下に出て、子供たちが楽しそうに石畳の道を走り抜けていくのを見るのが俺の楽しみだった。

 俺たちは戦友だった。名コンビだった。誰もがそう思っていた。

 アレスが好きだった。身分の差など感じさせない飾らぬ態度、戦場での勇姿を信頼していた。

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