第3話 ミノタウロスンデレラ

昔々ある所に、ミノタウロスンデレラという一人の娘がおりました。


ミノタウロスンデレラは大迷宮の最深部に幽閉されていました。


大迷宮は、以前ミノタウロスンデレラが住んでいた屋敷の地下にありました。


ミノタウロスンデレラの父親はタウロスと言い、王家に連なる由緒正しき血筋の貴族でした。


ですがタウロスは妻を亡くしたあとパシパエという女と再婚し、その後すぐに亡くなってしまったのです。


パシパエはすぐにミノスという男と再婚し、タウロスの屋敷と財産の所有者になりました。


ミノタウロスンデレラという正当な相続人の存在を隠すことによって!


気の毒にもミノタウロスンデレラは、その存在そのものがパシパエとミノスにとって邪魔だったので、地下に幽閉されることになってしまったのです。


ミノタウロスンデレラは迷宮の最下層にある独房の中で、いつか王子様が迎えに来てくれると言って耐え続けていました。


そういうことでもない限り、助かりようがない状況でした。


文字通りのどん底。生きながらの埋葬。


大迷宮はミノタウロスンデレラの墓であり、一度食いついたら決して離さぬ死そのものの化身のようでもありました。




ある日、ミノタウロスンデレラはなんか退屈だなあと思いながらなんとなく独房の掃除をしていました。すると…


カタン


どうしたことでしょう。何気なく触れた壁が四角く凹んだではありませんか。続いて…


ごごごごご


壁の中の何かの仕掛けが作動して、独房の中に秘密の通路が現れたのです。


「まあ…」


ミノタウロスンデレラは両手を口元に当てながら、図らずも自らの手で開いてしまった運命の扉を見つめました。


この先には、一体何があるのでしょうか。


かさ…


通路の入り口で、何かが動きました。


なんでしょう。


拾い上げてみると、それは一枚の封筒でした。


愛しいミノタウロスンデレラへ。


表側に、上品な文字でそう書かれています。


「お母さんの字だ!」


ミノタウロスンデレラはもどかしそうに封筒を破り、中の手紙を読み始めました。


愛しいミノタウロスンデレラ。私が心配していることはきっと起きないだろうと思うのですが、万が一を考えてこの手紙を書きました。お前もよく知っている通り、お母さんは今重い病に伏せっています。もし、お母さんがこの世を去ることになったとしたら、気がかりなのは残されるお前とお父さんのことです。あと、屋敷の地下にある巨大迷宮のことも心配です。全くどうしてあの人のご先祖はあんな危ないものを作ってしまったのでしょう。万一誰かが迷い込んだらどうするつもりだったのかしら。本当に迷惑ね。


「まったくだわ!」


ミノタウロスンデレラはぷんぷん怒りながらそう言いました。


この事は、たぶん心配性なお母さんの取り越し苦労だと思うんですけどね。万一、そう万一あの人が変な女と再婚して、そのあとあの人まで死んでしまって、残されたその女が他の男と再婚してしまったらどうしましょうとお母さん思うんです。


「今そうなってるわよお母さん!」


そうしたら愛しいお前の存在は、その人たちにとって邪魔になるんじゃないかしら。だってお前さえいなければ、あの人の遺産は全部その人たちのものになるんですものね。で、そうなった場合、その人たちがお前をどこかに閉じ込めてしまおうと考えたらどうしましょうってお母さん思うのよ。だって、この大迷宮ってそういうことにはぴったりの場所でしょう?なんだかお母さん、心配なのよね。きっと取り越し苦労だとは思うんだけど。


「ああ!お母さんが心配性でよかった!」


だからお母さんは、この手紙をここに残すことにしました。本当はもっと見つけやすい場所に置きたかったのだけど、悪い人たちに先に見つけられるわけにはいかなかったのよ。許してちょうだいね。お母さんは、最悪の場合を想定しています。お前がこの独房に閉じ込められ、何ヶ月も経ったあとに偶然この隠し扉を開いた場合の事を考えています。


「どうして最悪の予想が全部現実になってるのよ!」


この先はね、ミノタウロスンデレラ。ただ単に大迷宮につながっているだけなの。出られる!と思って喜んで進むと、必ず迷って地上にも元の独房にも戻れなくなるわ。だから、一緒に大迷宮の地図の写しも同封しておきます。これをよく見て、丁寧に確かめながら先へ進みなさい。いいですね。地図は正確ですけど、それを見て大迷宮を抜けるのはとても大変よ。失敗が許されない命がけの冒険になるわ。しっかりおやり。まったくあの人のご先祖にも困ったものね。こんな危険なものを作るなんて。じゃあね、ミノタウロスンデレラ。がんばって行っておいで。幸運を祈ってるわ。愛を込めて。あなたのお母さんより。追伸 お母さんの一番いい服をここに置いておきます。外に出た時、格好がつくように。


「ああ!アリアドネ母さん!」


ミノタウロスンデレラは手紙を抱きしめて泣き崩れました。




王宮の宴会に、一人の娘が現れました。


少しやつれていますが、高貴な服を身に着けています。


「げげっ、お前はミノタウロスンデレラ!」


王様と一緒にお酒を飲んでいたミノスとパシパエは驚きました。


「そうよ!私はミノタウロスンデレラ!お父さまの遺産の正当な相続人です!王様!そこの二人は私を閉じ込めて、遺産を不当に相続しようとした極悪人ですわ!」


「なに?なんという悪いやつ。ものども、ひっ捕らえい」


「ひえ〜」


ミノスとパシパエは、あえなく捕まってしまいました。


「なんと。あなたはあのタウロス家の地下の迷宮から自力で脱出してきたというのですか?なんという勇敢な女性だ。ぜひ私と一緒に踊ってください」


まだ若いテセウス王は、ミノタウロスンデレラの勇気に感銘を受けたようでした。


「喜んで、お相手させていただきますわ」


ついにこの日が来た。


ミノタウロスンデレラは不敵にくすっと微笑みました。


今こそ暇な独房で密かに練習してきたタウロス家に伝わるダンスの妙技タウロス・ステップを披露するその時です。


「それ〜!」


ミノタウロスンデレラの素晴らしいダンスに、宴会の席は盛り上がりました。


みんながミノタウロスンデレラを褒め、その勇気を称えています。


なんという逆転劇でしょう。


つい昨日までお墓の中にいたような娘が、今日は王宮で喝采を浴びているのです。


この爽快な出来事は一つの物語の型となり、ミノタウロスンデレラストーリーとして後代まで愛されることとなりました。


めでたしめでたし。


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