2. おどろく白夜ちゃん

「ひゃっきはほんほうに助かった!!」


カレーライスを頬張りながら麒麟谷君は言う。


「食べながら喋んないで。講義を聞きたいだけなんて、とんだキモ野郎がその場逃れの言い訳で使っただけかと思ったけど…あんなに熱心に講義を受けるなんて、本当に興味あったんだね。」

私はご飯に、海老カツに、芋もちに、3種の野菜サラダに、キムチ豆腐に、豚汁、そしてデザートにりんごゼリーとプリンが乗ったプレートに手をつける。総額なんと1000円。こんなに豪華な学食は食べたことがない。初めて食べる学食デザートに心が高まる。


「本当に君は失礼だな。人を変質者やキモ野郎呼ばわりするなんて。僕はあの時ちゃんと授業を受けたいと言っただろう」

麒麟谷くんは大量の福神漬けをかけながら答える。


「初対面で信じられるわけないじゃん。講義を聞きたいがために机の下に潜り込む奴がいるなんて。どうしてそんなに小谷先生の授業を受けたかったの?」

私は海老カツを口に運ぶ。単品で298円もするのだ。サクサクとした衣にぷりぷりのエビが口一杯に広がる。朝ごはんを食べておらずエネルギーを欲している体にエビが染み渡る。美味しい。幸せだ。


「小谷は色々口うるさいけど、あの人のプラスミド設計プロトコルはすごく優れているんだ。その前うちの教授が渡してくれたプロトコルがすごく見やすく、論文にあるものよりも使いやすかったんだよ。それで教授に聞いたら、小谷が作ったプロトコルだというから、なんとしても設計のコツを小谷から聞きたかったんだ。」

麒麟谷くんは人差し指を立てて答える。


「小谷先生、ね。ふーん。あなたは医学部生なのにプラスミド設計とかするんだ。医学部生って臨床研究じゃないの?」

海老カツとご飯を交互に食べる。海老カツの塩気で箸が止まらない。



「人によってさまざまだよ。僕は将来研究をしたいから。Medical Doctor医者 になんて興味はない。」


「へぇ、色々あるんだ。それよりご飯のおかわり頼んでもいい?」


「まだ食べるのか…?」

怯える目で麒麟谷くんは私をみる。


「だって、このままだと芋もちだけで食べることになっちゃう…」


「??芋もちはそのままで食べるものじゃないのか…??」

麒麟谷くんは怯えた顔のまま、首を30度くらい傾ける。


なんだか恥ずかしくなってきた。

「いいじゃん、麒麟谷くんはカレーとご飯を一緒に食べてる。私は芋もちとご飯を一緒に食べる。そこに大きな違いはないよ」


「なるほど…?」

私がぶっきらぼうに答えると、麒麟谷くんは首を傾けたまま、150円を私に手渡す。ご飯のおかわり代。しかもこれは大盛りの代金だ。


「わぁ!ありがとうございます!!」

私は両手でお金を受け取り、すかさずおかわりを買いに行く。これで夜ご飯は食べなくてもいいな。



――――――――――――――――――



「ごちそうさまでした!!」

私は両手をパンっと合わせる。あぁ、海老カツ、おいしかったな…


「おなかはいっぱいになったかい?」

麒麟谷くんは空になったプレートと、私の顔を交互に見る。


「うん。…いつもはこんなに学食食べられないから」

私がボソッとそうつぶやくと、麒麟谷くんは再度プレートと私の顔を交互に見る。


「ふうん。…なるほど。君は学食に満足な金銭をだせないほどの苦学生なんだな。教室に死にかけの馬みたいな顔をしてきたのも、大方電車が遅れて駅から走ってきたか、何なら家から自転車を飛ばしてきたか…。」

麒麟谷君は顎に手を当ててぶつぶつとつぶやく

は?私が馬面ってこと?


「は?私が馬面ってこと?」

声に出ていた。


「馬面とは言っていない。死にかけの馬みたいだったといっただけだ。」

麒麟谷君は眉一つ動かさず答える。


「は???」

それ、なんの訂正にもなってないんですけど。


「他意はない。というかそんなことはどうでもいいよ。いちいち突っかからないでほしいな」


「は???」

なんだこいつは。人を死にかけの馬呼ばわりしておいて。それはない。


「それより、どうだ。僕と取引をしようじゃないか。」

そういうと彼は人差し指を立てる。

「僕は小谷の分子細胞生物学領域における実験プロトコルのコツを聞きたい。君は満足した昼食を食べたい。どうだ。毎週火曜日、2限の授業に僕が隠れて出席するのを見逃す代わりに、君は僕に昼食をおごってもらう。」

立てた人差し指で八の字を描きながら、麒麟谷くんは私の目をじっと見つめる。


私は悩む。こんなデリカシーのない、机の下に隠れるきもい男を講義に出席させていいのか??

でも、彼を見逃すだけで、こんなに豪華な昼食が食べられるなら―――授業はあと11回だから、約1万円分浮かせることができるのだ。それに、今日みたいに沢山お昼ご飯を食べて、夕食代まで浮かせてしまえば―――


「どうかな、君は昼食と題して。そうすれば、実質22食の食費が浮くんだ。悪い条件ではないと思うんだけど。」


どうやら頭の中はお見通しのようだった。


「…いいよ。取引成立。」

私がそう答えると、麒麟谷くんは目を細めて笑う。


「懸命な判断だ!それじゃあ来週の火曜日も今日と同じ席で。よろしく頼むよ白夜ちゃん」

そう言って一方的に握手をされると、麒麟谷くんは席を立って足早にどこかに消えてしまった。



―――――――なんで麒麟谷君は私の下の名前を知っているんだ????












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る