第2話 イベント進行が早すぎる
アイスが欲しい。
そう思わせる気候だった。
これだから地球温暖化は……。
「日奈ー! あんた、歩くの遅すぎー! 体が溶けちゃうよー!」
一体どの口が言うのだろうか。
片手にはハンディーファン、それに日傘という、完全装備をした優花が手をぶんぶんと振りながら、声を張り上げていた。
私は約束通り、優花と学校から近所の商業施設に足を運んでいた。
本当なら断っていたところだが、雄也のタイプが聞ける、という誘惑に負けて付いて来たわけだが、
「……ねぇねえ、ここ、面白そうじゃない?」
指さしたのはこの建物に併設された娯楽施設だ。
ボーリングやらカラオケやらができたりする、いわゆる総合型レジャー施設だ。
放課後だからだろうか、学生が溢れかえっていた。
確かに、楽しそうだ。
ちらっと、入り口に置いてある料金表を見てみた。
「……げっ。2千円」
「高すぎでしょ……」
それはそうだろう。
その証拠に、いつもならお金に無頓着な優花でさえ引いている。
……ま、まぁ、ここは金持ちの遊び場ということで………。
と、本来の目的を忘れそうになったところで、
「じゃあさ、フードコート行かん?」
実に、魅力的な誘いをしてきた。
「アリ。めっちゃお腹減ってきたところ」
「よっしゃ。じゃあ席取ろー」
席を取りに足を動かすと、横から男子生徒の一団が歩いてきた。
制服が藍色だから、すぐ分かった。うちの学校だ。
そしてネクタイの柄からして、同学年と推測した。
「えっ…と……」
ちょっと気まずいな、と思いながら通り過ぎようとすると、
「えっと、日奈? どしたん。そんなところに隠れて……」
「(前を見ろ)」
「え? 前を見ろって、……うちのクラスメイトがいるだけよ?」
だからまずいんじゃないか。
……私はその顔が見えた瞬間から、建物の柱に身を潜めていた。
日頃から気配を感じる訓練をしておいて良かったとしみじみと厨二的なことを思いながら彼らが通り過ぎるのをじっと待っていた。
え? なんで隠れているかって? そりゃあ………。
「あれ? 優花じゃん。そんなところで何してんの?」
聞こえてきたのは変声期が終わった男子としては珍しい、ちょっと高い声。
こんな時でも落ち着く声だなぁ、と思いながら隠れていると、優花が自分の口に人差し指を当て、「秘密」のポーズをとる。
「い、いやぁ。日奈が恥ずかしがって隠れちゃっててー」
…………。
いや何してんの。
なんで軽々とバラしてんの。
優花はちょっといじわるな顔をして何やら手招きをしていた。
そして、顔を出したのは、予想通り、雄也だった。
思わず、顔を両手で隠す。
顔が熱いよ。
隠しても顔が気になってしまうのは女の性(さが)。指の隙間から顔を見る。
やっぱり彼は可愛かった。
左目の泣きぼくろが、僕、かわいいです。と自己主張しているように見えた。
神様は多分、彼には利き手で顔を描いたのだろう。
そうやって、顔を隠しながら彼の顔の分析をしていると、ふいに、手が出てきて、
「ひゃっ……!」
両手が彼の手に包み込まれた。
なんと温かいこと。
冷房で寒くなっていた体がじんわりと温まるのがわかった。
「……何してるの?」
「え、っと……」
優花と買い物に来た、というのが言わなければいけない文章なのはわかっているが、それだとちょっと嫌だなと直感的に思った。
なんでか、と考えてみたが、なぜだか言語化するのがとても難しかった。
1秒ほど考えて、頭の中で捻り出した言葉は「恥ずかしい」だった。
心の中で優花が「なんでよー!!」と怒るのを尻目に、私はようやく言葉を空気に乗せた。
「お腹、空いたから。食べにきた……」
乗せた言葉がカタコトだったという事実は置いとくとして。
それを聞いた雄也はちょっと微笑んで、
「なるほどね。……実は俺たちも食べにきたんだ」
「そっ、そうなんだ…」
「え、じゃあさ、もしよかったらなんだけど、一緒に食べない?」
ん?
なんだこれ。なんだか嵌められた感覚。
あまりにも事がうまく進んでるような……。
ふと、優花の方を見ると、手を口に当て、お淑やかに笑っていた。
「さんせーい。一緒に食べよー」
「あ、じゃあ俺たち席とってくるわー!」
私、なんも答えてないのに。
優花の一声で一緒に食べることが決定してしまった。
「…ぁ……」
「ん? なんか言った?」
「い、いや何にも」
優花に助けを求めようととして声を上げようとした瞬間にやつは男子に混ざって消えてしまった。
やりやがったな。
「よっし、じゃあ、行こうぜ」
彼は立ち上がった。私の手を包んだまま。
「あ、あ……あぁ……」
急に視界が暗くなった。
なんて恥ずかしい……。
私は気を失った。
ーーー
目が覚めたのは、15分くらい経っただろうか。
ゆっくりと瞼を開けると、雄也が心配そうに覗き込んできた。
「大丈夫? キツくない?」
「あ……大丈夫」
隣を見ると、そこには優花と私と雄也しかいなかった。
少し見回すとさっきの男子達は別の席でハンバーガーやらなんやらを食いながらこっちを心配そうに見ていた。
そして、優花はこっちをちらっと見ながらポテトを口に運んでいた。
ちょっとぐらい労ったらどうなのよ。
だが、少し喉が渇いたので水を飲もうと机の上の紙コップを手に取ろうとすると、
「俺が飲ませるよ」
「……えぇ?」
何を言っているんだ。
ぼんやりと雄也を見た。
イベント進みすぎだろ。こんなの2日ぐらいかけてようやく達成できるやつだよ。
そんな厨二的なことを考えていたら、本当に雄也が口に運ぼうとしてきた。
「え、ちょちょちょ。本気?」
「え? 飲みたくないの?」
「いや、飲みたいけど。飲みたいけど!」
「じゃあ、口開けてねー」
ご丁寧にも口先を折って飲みやすくしていた。
なんて用意周到なやつだ。
私は抗えずに口を開けていた。
たかが倒れたぐらいなのに。
たかがときめいただけなのに。
なんでさらに心臓を酷使させないといけないのか。
そして、喉に直接水が入ってくる。
それに呼応するように心臓もバクバクと鳴らしていた。
気管に入らないように丁寧に飲み込みながら、こぼさないように口もとに手を当てる。
手が当たる頬からは異常なほどに熱を発していた。多分38度くらいはあるのではないだろうか。
飲み終わると、ナプキンが出てきて、私の唇を拭いた。
「はい、よく飲めました」
「うぅ……あり、がとう」
目に映る彼は本当は身長は高いはずなのに私と同じくらいの高さにいた。
なんて優しいのだろうか。
そんなことを思いながら水が気管に入っていないか胸をトントン叩いていると、
「日奈はさ、何食べるとか決めてる?」
「え? 何も決めてない、けど」
「じゃあお店見てこようぜ。俺もなんも食ってないんだ」
私の飲んだ紙コップを見せながら言った。
……ずるいじゃん。それは。
私が席から降りると、彼は手を差し伸べてきた。
「……?」
これは何? もしかして俺に掴まれってやつ?
「いや、その、また倒れたりしたら、大変だから、その……」
「……」
「正直に言ったらいいんじゃなーい?」
ちょっとキョドっていた雄也に、意外にも優花が助け舟を出した。
「その、だから、え、エスコートするよ……」
優花がよく言えましたとばかりに手をぱちぱち。
私はそれを聞いて、構わず手を取った。
「うん……ありがと…」
優しすぎだろ……。
後ろから男子達の嫉妬の視線がずかずかと降り注ぐ。
多分、彼に向けて放っているのだろうが、私にも飛び火しているのでやめてほしい。
彼は私を連れて行ったが……。
私はもう君でお腹がいっぱいです。
ーーー
<雄也視点>
全く、恐ろしい人だ。
俺は顔が極限にまで赤くなった日奈子の手を取り、歩いていた。
左手にほんのりと温かい感覚を感じながら横目で優花を見る。
その目は、どこか冷たくて、どこか慈愛に満ちていた。
あれがまさにキューピットというやつなのだろう。
はぁ、とため息をつく。
多分、彼女は気づいている。
俺に意中の相手がいることに。
そして、その相手はまさに俺の手の中にいることに。
この手は離したくない。
俺は、この小さくて、繊細な女性(ひと)に恋している。
そう考えるだけで、体の内側が熱くなる。
こんな感覚は初めてだ。
中学校の時も、こんな感覚は味わったことなかった。
そりゃそうだろう。今まで全く見たことないことしか起こらなかったのだから。
〜〜〜
俺は、綺麗な恋愛、というのに憧れていた。
下駄箱で待ち合わせして、相手が待っているのに、わざと遅れて「ごめんごめん、待った?」って言ってみたり、二人で歩いているときに、優しく肩に身を寄せ合ったり、そんな恋愛に憧れを抱いていた。
でも、小学校から進級した俺はそんな淡い幻想を早々に諦めた。
そこは、“戦場”というに等しかった。
可愛い子にはひっきりなしにデートの誘いがあったり、逆に女子のタイプな男子には必ずと言っていいほど女子が屯していた。
男子同士でも少しでも気を抜けばすぐに縁を切られたり、無視されたり、そんな世界だった。
まぁ、今思えば、みんな興奮していたのだと思う。付き合う、という行為そのものに。
当時、全国的に大ヒットした恋愛漫画があったのも大きな要因かもしれない。
だが結果として、階段から不意に階段から転げ落ちたり、通学中に曲がり角から飛び出してくるという、俺が一番待ち望んでいた展開なんか起きやしなかった。
テンプレなんか想像の世界でしかなかったのだ。
だが、当時の俺は絶賛反抗期中で、関係があると言えばわからないが、その手の類のものを探し回った。
そして、探し回っていくうちに段々と現実、というものに気付かされた。
例えば、想像を絶するような運動神経を持った男子が転びそうになった女子を滑り込んで抱き抱えた、とか。誰もいない放課後に一人でピアノを弾いてるとドアの隅に意中の相手がいるとか。
案外ありそうでない、というのが結論だった。
よくもまあ、先人達はこんな世界を作り上げられたものだと思う。
ただ、別にモテなかった、というとそれはまた別の話だ。
確かに俺には類まれな運動神経とか、手先の器用さは持ち合わせていなかったが、容姿はそれなりに、当時でも整っていたものだと思う。
だからそれなりに、中学生なりに、やることはやったのだ。
でも、全部、おもしろくなかった。
女子がやりたいことだけ、行きたいとこだけ、振り回されていた。
例えば、うちの親が長期出張なのをいいことに、勝手に寝具を持って泊まりに来たり、そのまま深夜にコンビニまで連れ回されたりした。
連れ回されるうちに熱が急激に冷めるのを今でも覚えている。
気づけば振っていた。
なんで、と聞かれた。
それに俺は想像してたのと違った。と返した。
当たり前のように相手は涙を溢れさせた。
次の日から俺は今までそれなりにしゃべっていた女子達から白眼視されるようになった。
普通に傷ついた。
だが、ちょうどその頃受験シーズンに突入したため、そんなに傷は深くなかった。
いや、違うな。
俺は受験を理由に逃げたのだ。相手としっかり話し合うということから逃げたのだ。
そうして、逃げに逃げて、みんなとは訣別して、みんなの知らない、射程範囲にない高校を選び、そこに進学した。
そして、恋をしたのだ。
それも、俺が最も望んだ展開を伴って。
〜〜〜
お店を見回していると、隣でぴょんぴょん跳ねる感覚が世の中のモテる男子陣にはわかるだろう。
あ、いや。そうでなくてもなんとなくわかるだろう。
そしてそれが可愛い存在なら尚更だ。
さっきまで気絶していた、という事実をどこかに投げ捨てたような立ち振る舞いで俺と手を繋いでくれている。
自然と、笑みが溢れてしまう。
「あ……」
俺たちがスイーツ店を通りかかったとき、日奈は声をあげて反応した。
多分、ここがいいのだろう。
「ここにする?」
「え、いいの? 男子ってもっと、こう、重いものがいいんじゃないの?」
よくわかっていらっしゃる。
世の中の男子高校生はとにかく肉が入ったものが好き、というのが定石なのだが、今回は違う。
何せ、さっき食べたからな。気絶しているうちに。
「確かに、そうだけど。今は俺はここがいいなって」
「あ、そうなの! 私も、ちょうど食べたいなーって思ってたところなんだよね!」
「じゃあ、並ぼうぜ」
「うん」
列に並ぶと、そこには色とりどりのケーキとか、アイスとかが並んでいた。
「うわぁ……!」
キラキラを全身に纏わせて日奈はショーケースにへばりついていた。
軽く、飴でコーティングされたイチゴや、マスカットがケーキに芸術作品のように鎮座している。
これを口に入れるのか、と思うと少し勿体無いな。
少しの逡巡の後に日奈は指を刺して、
「私、これにする! このショートケーキにする!」
「いいじゃん。めっちゃかわいい」
「でしょ!」
センスいいでしょ! とでも言いたげに喜んだ。
俺も、決めたところでちょうど、レジが空いたので店員さんに俺の欲しいやつと、日奈のショートケーキを頼んだ。
「お会計、1500円になります」
「じゃあ、カードで」
「ん? え、ちょちょちょい。私も払うよ?」
まあまあこういう時のためにお金貯めてたんだから。女性の買い物ぐらい払わせろ、ってな。
俺は日奈がお財布をポケットから取り出そうとする手を押さえて、
「今日は、俺に奢らせて? 色々勝手にやっちゃったから」
「………」
ちょっと納得のいかない顔して頷いた。
やっちゃった、という言葉にちょっと責任を感じながら。
「ありがとうございましたー。またのご来店お待ちしております」
店員さんから紙袋を受け取る。
すでに手は離れていた。
だが、自然と喪失感というのは芽生えてこなかった。
むしろ、幸福感があった。
……と、席に戻ろうと歩いていると、急に日奈が立ち止まった。
どうしたのだろうと、思い、振り向くと、
「その……あの、お金、ありがとう」
「う、うん。どういたしまして?」
なんかちょっとぎこちない。
何を伝えたいのか、わかりそうでわからない。
「正直に、言ってみて?」
俺は日奈と同じ視線まで腰を下ろした。
「う、うん。あのね、さっきは、あっ…倒れた時はありがとう。それに、ついてきてくれてありがとう」
「うん」
「嬉しかったよ」
「それはこっちもありがとうだな」
「でっ、でもね! でもね……!」
なんだ? 何を伝えたい?
全くもってよくわからない。
「その、なんというか。……そのブレザー。多分、私のかなって」
「え」
瞬間、今まで暖かった空気が、一気に冷房によって冷却された気がした。
ちょっと待って。何を言ってるの?
俺が? 日奈のブレザーを? 着ている?
俺は急いで内ポケットにある名前を見た。
そして、俺はケーキの入った紙袋を床に置き、おもむろにそれを脱ぎ、
差し出した。
「すっ、すんませんでした」
見事に、「内野日奈子」と書かれていた。
そして、二人は同時に思った。
(テンプレじゃねーか!!)
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