封印勇者の乗っ取り配信〜アイドルダンジョン配信者、勇者様のせいでチャンネル崩壊する〜
初霜遠歌
序章1 空腹は最高のスパイス
「おかしいおかしいおかしいっ! 絶対おかしいですって!」
エステル・パルフェは必死で声を張り上げたが、隣に立っている勇者様は柔らかな微笑を崩さない。
色素の薄い金髪。前髪の隙間から覗く髪と同系色の瞳。
肉体年齢は十七歳とのことで、落ち着いた顔立ちの中にほんの少し幼さを残した少年。
普段であれば胸がドキドキするような彼——バート・リモナードの微笑みも、今は白々しさしか感じられない。
「おかしいって、何が?」
「百歩譲って……百歩譲ってですよ!」
本当は譲りたくないけれども! という意思を込めてエステルはバートを見据える。
「ダンジョン内でモンスターを食べるっていうのは、まだ理解できます。ですが——」
ダンジョンで討伐したモンスターをその場で調理して食べる、いわゆるゲテモノ食い配信。
エステルはあまり詳しくはないが、それが一定の人気を博している事は知っている。
だけど、だけどなのだ。
「——何で食材がスケルトンなんですかっ!?」
組み立て式テーブルの上に置かれた
地下迷宮の小さな一室に、エステルの声が反響する。
「普通、もっと食べられそうな見た目のモンスターにしませんかっ!?」
「いやいやいや、分かってないなぁ。エステル」
ちっちっち、とバートが右手の人差し指を立てて揺らす。
「食べられそうな見た目のモンスターなんて、食べてる人がいっぱいいるでしょ。俺たちは出遅れてるんだよ」
彼はしたり顔で続ける。
「エンタメは常に新しい刺激を求められているんだ。みんなと同じ事をやったって見てもらえないよ」
「くぅ……百年以上も昔の人に、現代のエンタメを語られてるっ……!」
しかも正論。エステルは悔しさに歯噛みする。
——バート・リモナード。
百二十年に渡り封印されていた、かつて魔王を倒した本物の勇者様。
なのに彼は、目覚めてすぐに現代に順応してしまった。
〈はい論破www〉
〈エンターテイナーなのにエンタメが分かってないエステル〉
〈やっぱり勇者様の方が配信者向いてるな〉
「黙らっしゃい!」
オープンイヤー型のイヤホンから聞こえる、コメント読み上げソフトの合成音声。
やかましい視聴者たちを
「バート様の仰る事は分かりました。でもっ、それでもですよ!」
やはりここで退くわけにはいかない。だって!
「新しい刺激といっても限度があります! スケルトンなんて食べられないでしょう!?」
骨やぞ骨! しかも人骨! 頭蓋骨!
いや、正確には魔王の魔力で生み出されたモンスターなので本物ではないのだが。
それでも見た目と質感は本物そっくりとの事で、全国の骨マニアたちからは人気があるらしい。何だ骨マニアって。
エステルとしてはそんなもん食べたくないし、そもそも食べられるはずが——。
「いや、俺は食べた事あるよ」
「食べた事あるのですかっ!?」
ガーン! とエステルはショックを受けた。
これで「スケルトンなんか食べられない論法」は封じられてしまった。
エステルの絶望を察したのか、バートが優しく笑う。
「安心して。大賢者直伝のスケルトン調理魔法があるから、安全だよ」
大賢者って、かつて勇者と共にモンスターの軍勢と戦った偉人じゃないのか。一体何を生み出しているんだ。
そもそも何でスケルトンを調理しようなんて思ってしまったんだ。
疑問は絶えないが、何だかもう突っ込むのも疲れてきた。
「うぅ……味は? せめて味はまともであって欲しいです……」
「先に知っちゃったら面白くないでしょ? エンタメ的に」
「ずるいですよぅ……お願い、美味しくあって……」
今まで食べられてきたモンスターたちは、ほぼ全てが地獄のような味であり、極一部だけが食べられない事もないという評価であった。
故に期待はできないけれども、どうかどうかとエステルはスケルトンに祈る。
何で骨に祈っているのかもよく分からないけれども。
バートが微笑んだまま、頭蓋骨の上にポーションをかけた。
ダンジョン内のモンスターは普通に泥などで汚れているため、食べる前にポーションで消毒するのだとか。
それからバートが頭蓋骨に右手を翳した。
「——〈
白い光がバートの手から放たれて、頭蓋骨に吸い込まれた。
魔道具を必要としない、現代では失われた技術とされていた詠唱魔法。
エステルには理解できない特殊な言語による呪文。
「今の詠唱はどういう意味なのですか?」
「現代で言う『空腹は最高のスパイス』って意味だよ」
「!? それって『お腹が空いていれば何でも美味しい』って意味でしたよね!? 遠回しに不味いって言ってませんっ!?」
「ははは」
「やだっ、やっぱり食べたくないっ……!」
詠唱の時点でもう味を諦めてしまっているではないか。
エステルは泣きそうな想いで首を横に振ったが、見逃してくれる視聴者などこのチャンネルにはもはや存在しない。
〈前振りが長いぞエステル〉
〈いいからとっとと食え〉
〈どう転んでも美味しいだろ。お笑い芸人なんだから〉
〈上手いwww〉
「私アイドル! お笑い芸人違うっ!」
浮遊カメラのレンズを睨みつけて、エステルは叫んだ。
どうして……ほんの半月ほど前までは、ちゃんと正統派アイドルをやれていたのに。
視聴者たちも応援してくれていたはずなのに。
どうして今や、お笑い芸人扱いされているのだろう。
(……バート様のせいですよ、全部)
彼と出会った事で、自分を取り巻く環境が激変してしまった。
エステルは恨みがましい気持ちでバートを横目に見る。
対するバートは、エステルの視線に気づいてパチッとウィンクなどしてきた。
エステルの心臓がドキリと跳ね上がる。
(〜〜〜〜っ! もう、本当にこの人は!)
複雑な乙女心など露知らずといった様子の勇者様。
エステルは、胸中のモヤモヤを小さなため息に乗せて吐き出した。
「はぁ……それで、スケルトンをどう料理するのですか?」
「もう終わったよ」
「え?」
虚を突かれて固まるエステルの前に、ゴトッと頭蓋骨が置かれた。
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