第三話:【真理解析】

『《さて、レッスン壱だ、小娘!》』

先生と名乗る声は、厳しく命じました。

『《その左目に意識を集中し、貴様自身を【解析アナライズ】しろ!》』


わたくしは、言われるがまま、自分のスキルを発動させました。

すると、いままでとは違う、膨大な情報が脳内に流れ込んできます。


[対象:セレスティナ・フォン・アルクライド]

[状態:栄養失調、筋力低下、脱水症状(軽度)]

[スキル:【解析アナライズ】→【真理解析ルミナスアナライズ】に進化]

[推奨行動:安全な場所へ脱出]

…[その他4項目]


(これが…わたくしの…)

ルミナス・・・・…これも運命なのでしょうか…


『《見たか!貴様はかなり衰弱している!ワガハイと出会わねば、確実に死んでいた!》』

先生の声に、わたくしは息を呑みました。

死。その事実を、情報として突きつけられたのです。


『《だが、まだ間に合う!ワガハイの指導と、貴様の【真理解析ルミナスアナライズ】があればだ!》』

(【真理解析ルミナスアナライズ】…)

『《そうだ!今までの貴様のスキルは、ただ視るだけだった。だが、ワガハイの理論を継承した今、貴様のスキルは真理を読み解く!弱点を、構造を、そして未来さきすら読み解く鍵となったのだ!》』


先生は、興奮したように続けます。

『《次だ!そこにある魔術書を【真理解析ルミナスアナライズ】しろ!》』


わたくしは、慌てて、小箱に残されていた『基礎魔術の構造と実践』という本に視線を向けました。

(【真理解析ルミナスアナライズ】!)


その瞬間。

わたくしには、内容がインクで書かれた文字ではなく、青白い光の線となって見えました。


[対象:基礎魔術の構造と実践]

[内容解析:全240ページ。術式(全8種)の理論と構造]

[高速解析を開始しますか?]


(はい…!)

わたくしがそう意識した瞬間、魔術書のページが、パラパラパラ…!と、風に吹かれたように勝手にめくれ上がりました!


[術式【灯火ライト】:構造解析完了。]

[術式【発火イグニッション】:構造解析完了。]

[術式【錠前開錠アンロック】:構造解析完了。]

.........

...[全8術式の基礎理論解析完了。所要時間:1分12秒]


(あ…)

わたくしの頭の中に、通常なら数日かけて魔術学院で学ぶはずの、8個の魔術の理論と使い方が、完璧な知識として刻み込まれていました。


『《…フフ…ハハハ!これぞ【真理解析ルミナスアナライズ】の真骨頂!》』

先生が、心の底から楽しそうに笑いました。

『《力がなくても、知識これさえあれば戦える!知識これさえあれば脱出できる!》』


先生は、厳格な声に戻り、わたくしに厳命しました。


『《さて、小娘。ワガハイとの最初の共同作業だ。》』

『《ここから、生きて脱出するぞ!》』


二年ぶりに、わたくしの瞳に力が戻りました。

わたくしは、痩せこけた体で立ち上がり、幽閉された部屋の、分厚い扉へと向き直りました。

二年ぶりに宿った意志の光を、左目に集中させます。


(…先生、やります!)

『《フン。威勢だけは良いな、小娘!だが、威勢だけで扉は開かんぞ!まずは【真理解析ルミナスアナライズ】だ!敵を知り、己を知る。それが戦いの基本だ!》』


(はい…!【真理解析ルミナスアナライズ】!)


わたくしの左目が、物理的な木材の向こう側、その構造と本質を暴き出します。


[対象:オーク材の扉]

[状態:頑丈、施錠済み]

[構造:鉄製シリンダー錠、鉄製蝶番]

[魔術的干渉:術式【錠前開錠アンロック】に対する耐性:極めて低い]


(先生!錠前が…開けられます!)


『《そうだ!愚かなアルクライドの連中は、貴様が魔術など使えぬと侮り、簡易的な錠前で満足した!それが奴らの油断であり、我らの勝機だ!》』


わたくしは、先ほどインストールされたばかりの知識を脳内から引き出します。

理論は完璧に理解していました。

問題は…。


(…ですが、先生。わたくしの今の体で、魔術を行使できるでしょうか。)

二年間、まともな食事をせず、生きる気力すら失っていたのです。


『《この大馬鹿者が!》』

先生の叱咤が、脳内に響きます。


『《魔術とは、力任せに魔力をぶつける戦い方だけではない!術式ロジックを理解し、最小限の魔力コストで、最大限の効果リターンを引き出す!それこそが【真理解析ルミナスアナライズ】を持つ貴様の戦い方だ!》』


先生は、厳しく、しかし熱を込めて続けます。


『《【真理解析ルミナスアナライズ】で、あの錠前の内部を解析しろ!ピンの構造を視るのだ!そして、貴様の爪の先に、米粒一つ分でいい、魔力を集中させろ!まだ使うことになるだろうから使い切るなよ!》』


(…はい!)


わたくしは、言われるがままに扉に片手を触れ、意識を集中させます。

左目を通して、分厚い扉の向こう側にある錠前の内部構造が、青白く光って見えました。

…五本のピンが並んだシリンダー錠。


(…見えます。ピンの位置、五本…!)


『《よし!術式を起動しろ!魔力を針のように細く、鋭く!あの五本のピンだけに流し込むんだ!》』


わたくしは、深呼吸を一つして、爪の先に全神経を集中させました。


(術式起動—【錠前開錠アンロック】!)


魔力が、わたくしの指先から錠前へと流れ込みます。

術式の理論通りに魔力が働き、ピンが、まるで意思を持ったかのように、カチ、カチ、と順番に持ち上がっていくのが【真理解析ルミナスアナライズ】越しに見えました。


カチリ。


五本目のピンが、正しい位置に収まる。そして。


——ガチャン。


重い金属音と共に、扉の向こう側で、錠が外れる音が響きました。


(…開いた。)


『《…フン。及第点だ、小娘。》』

先生が、どこか満足げに言いました。

《ワガハイの生徒として、最初の試験はクリアだ。…さて、どうする?このまま飛び出すか?》』


(…いいえ。)

わたくしは、荒い息を整えながら、首を横に振りました。

自制心が、逸る気持ちを抑えつけます。


(飛び出して、衛兵に見つかれば終わりです。まずは、外の情報を)

わたくしは、扉を少し開け、そして、再び【真理解析ルミナスアナライズ】の意識を扉の向こうへと向けました。


[解析対象:北の塔・廊下]

[気配:一体(衛兵)]

[位置:階段下の椅子]

[状態:睡眠(深)、軽度のいびき]

[特記事項:近辺に掲載されている行動表から推察→約60分後、交代のため起床]


(…!先生、衛兵が、寝ています。)


『《好都合だ!愚かな見張りに、絶好の機会を与えられたな!》』

先生は、楽しそうに命じました。

『《行くぞ、小娘!音を立てるな。この塔を脱出し、生きるために黒の森へ向かうぞ!》』


わたくしは、重い扉を、油の切れた蝶番が軋まないよう、細心の注意を払って、ゆっくりと、ゆっくりと押し開きました。


二年ぶりに吸う、塔の廊下の冷たい空気。

それは、わたくしの監獄の終わりと、本当の戦いの始まりを告げる、匂いでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る