第3話 異世界の雨

 ウッディが草原を歩いていると、雨が降ってきた。

 顔をあげていられない激しい雨だ。


「あそこで雨宿りしよう!」


 ウッディの肩に座った妖精レインが指さしたのは草原に点在する、旅人用の粗末な避難小屋だ。


「ひー濡れた濡れた」


 小屋に逃げ込んだウッディはすぐすっ裸になって衣服を絞った。


「きたぞ」


 レインは濡れた羽根を小刻みに震わせ、宙に浮かんでいた。

 小屋のすき間から外を見ているのだ。


雨獣うじゅうだ」


「ほんと!?」


 ウッディはパンツ一丁で壁に張りついた。

 雨の中に、二匹の巨大な生物がいた。

 雨に煙って姿はよく見えないが一匹は鳥、もう一匹はバッタのようだ。


「あれがこの草原に雨が降ったときだけあらわれる獣……」


「しかもあらわれるのは年に一度だけだ。ウッディおまえどっちに賭ける?」


「賭けるって?」


「あの二匹これからケンカを始める。リンゴが一個残ってたろう? おれは鳥に賭ける」


「じゃぼくはバッタ!」


 すぐ二匹の決闘が始まった。

 巨大な獣が撒き散らす雨滴が小屋にぶつかり、砲弾のような大きな音を立てる。

 

「やっぱ鳥強えな」


 レインが満足そうにつぶやく。


「嘴の連続攻撃だ。こりゃ勝てないや……」


 とウッディが嘆いた瞬間、草原が揺れた。


「カミナリだ!」


「ねえ見て!」


 ウッディは歓喜の声をあげた。

 轟く雷鳴に気を取られた鳥の喉もとにバッタが噛みついた。

 鳥は振り払おうともがいたがバッタは離れず、鳥はついに倒れた。


「やったあぼくの勝ち!」


 ウッディは大喜びで背嚢からリンゴを取り出し、椅子に座ってシャクシャク食べ始めた。

 ウッディに聞こえないように、レインは小声でつぶやいた。


「やれやれ、今年の農作物は不作だな」


(バッタは作物を食い荒らす害虫、鳥はそのバッタを食べる益獣だ。鳥が勝ったら豊作の予言になったけど、逆の結果になったな)


「ま、善と悪が戦えば悪が勝つのは世の宿命……」


 そのときレインの脳裏にイブの顔が浮かんだ。

 イブはレインと同じ妖精で、ただし女の子だ。


「この世界のどこかに必ず善が勝つ世界があるはずよ」


「へえ、その世界の名前は?」


「新世界、かしら」


 イブはレインを見て、はにかんだように笑った。


「ねえ、雨やんだよ」


 ウッディに声をかけられ、レインは我に帰った。

 

「ほんとだ」


 雨獣は二匹とも消えていた。

 早くも透明な日差しに照らされる草原に、雨上がりを称える女性たちの神秘的なコーラスが朗々と響き渡る。


「もう夕方だ。今夜はここが宿だ。薪ストーブに火つけよう」


「わかった」


「晩飯はストーブで魚を焼こう。それからパンにチーズを挟んで温めよう。絶対うまいぜ」


「最高!」


 ウッディがストーブに薪をくべ、レインが魔法で火をつける。

 小屋はたちまち暖かくなった。


「はい、どうぞ」


 二人はウッディがいれたお茶を飲んだ。

 レインのお茶は妖精専用の、ドングリみたいに小さいカップに注がれた。

 お茶を飲んだ二人は裸ん坊の格好のまま、幸せそうにニコニコ笑った。 

 こうして雨の一日は終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る