町はずれの大魔道士は魔術を嫌う

雨山木一

薬師と青年

第1話これまで

 町はずれの大魔道師は魔法を嫌う


 ??

 運命があるとするのなら、それはまさしく貴方との出会いだったのだと思う。

 一緒にたくさん苦労をして、たくさん泣いて、たくさん喧嘩して、たくさん喜び合った。

 貴方と過ごしたかけがえのない時間はきっと未来永劫色褪せずに記憶のなかで生きていく。

 ごめん。それがいいところだと貴方は笑ってくれたけど、やっぱり口下手だとこういうときには困るね。

 ずっと一緒にいてくれてありがとう。

 罪を一緒に背負ってくれてありがとう。

 ──を止めてくれてありがとう。

 ──を愛してくれてありがとう。


 01

 フォルゲンスタリアはヴァールフ大陸の最西端に位置する地方都市で、主だった産業は手工業、農業、漁業があり、西街は海に面しているので海路をつかった貿易も盛んだ。

 町に入るには当然市壁を越えなければならず、東街に一か所、中央街の北口と南口に一か所ずつ、西街には港がその役目を果している。


 町は整備がとてもよく行き届いている。大通りは一面石畳が敷かれ、建物も色鮮やかなものが多いが、色で溢れないように全体の色彩バランスが考慮されている。

 貿易の重要な拠点ということでこうした外向きの街づくりになっているが、しばしばその力の入れようを揶揄されて西の王国などと言われることもあるくらいだ。


 だが、誰もが一度ここを訪れれば確かにそんな陰口を叩きたくなってしまうほどに洗練された場所だなと納得してしまうのほどには華やかなので、意外と心理をついた指摘なのかもしれない。

 ただ、住人はよくも悪くもそういった外野の声には興味がないようで、とても人当たりがよく、気取った様子は全くない。そこが話しだけを聞いて妬む人たちからすれば気に食わないところなのだろうが。


 そんなことを思いつつ、亜麻色の髪を後ろで一括りにした青年ライカ・シャーリックは綺麗な街並みに目を奪われながら東街の大通りを歩いていた。


 できるだけ道の端を歩いているのは、始めてくる大きな町に気後れしていることもあるし、町の人たちと比べるといらなくなった布で作った防寒の機能をほとんど果していないマントは裾の一部が歪に切り取られているし、なかに着ているものもいかにも農民臭さの漂う粗末な服で、恥ずかしさと場違いさを感じていたからだった。


 土の地面を歩くことに慣れていたライカにとって、石畳の上はなんだか居心地が悪く、歩き方も普段よりぎこちなくなってしまう。


 それに町のあちこちから飛んでくる客呼びの声や、店先で小難しそうな顔をして話し込む商人や旅人たちを見ていると、無性に責められているような感覚を覚えてしまう。だからライカはこの町に入ってから基本的には俯いて、できるだけ誰とも視線を合わせないようにしていた。

 

「えっとここを右に曲がって……」


 町は便宜上三つの区画に分けられているが、明確に壁などで仕切られているわけではない。ただ、町に慣れていない人にもわかりやすいように、区切りとなる地点にはアーチがかかっており、大きな看板でこれより先は中央街などと表示されている。

 ライカは目的地である中央街の北口に向かうためにアーチをくぐりしばらく進んだところで現れた十字路を右に折れた。


「えっと……ヴェルデーナ・サイフォニックさん、だったよな」


 ライカは父親親から手渡されたフォルゲンスタリアの地図を取り出し、改めて名前を確認する。

 女性なのか男性なのか判断に困る名前だが、父親が言うには若い女性らしい。


 以前、父親はこの女性にとても世話になったらしく、今回も神に縋るような気持ちで彼女を頼ることにした。だが、父親は家を空けることはできないので、代わりにライカが彼女を訊ねることになったというわけだ。


 父親は十年も前の話だから今もフォルゲンスタリアに住んでいるかはわからない、と言っていたので不安だったが、勇気を出して町の人に尋ねてみると確かにヴェルデーナという名の女性は住んでいるようだった。ただ、教えてくれた人たちはその名前を聞くと揃って眉間に皺を寄せた。


 曰く、いい歳をして遊び歩いてるだの、昼間っから酒をかっ食らっていつ仕事をしているのかわからないだの、たまに外ですれ違うことがあるけど、いつも虚ろな目をしていて、あれなら死んだ魚の方がまだ生き生きとした目をしているだの、散々な言われようだった。そして最後には、悪いことは言わないから関わらない方がいいと忠告してくれた。


 それでも住んでいる場所を教えて欲しいと頼み込むと、渋々といった様子で教えてくれた。話を聞く限りどうやらヴェルデーナは父親が世話になった十年前から変わらず同じ場所で暮らしているらしい。

 それさえわかれば後は問題ない。

 ライカは地図と実際の街並みを交互に見比べながら、中央街の北口付近までやってきた。


 町の鐘塔から夕刻が近づいてきたことを知らせる鐘の音が聞こえてくる。噂を聞く限り、あまり素行のよさそうな人ではなさそうだから、さっさと要件をすませてしまった方がいいだろう。


 ライカは市壁に沿うように続く脇道へ入っていった。そこは市壁と建物がかなり接近して建っているために太陽の光りが届かず、そのせいかじめじめとした空気が押し込められているようだった。先程まで地面は石畳が続いていたが、この脇道に至っては例外らしく土のままで少しぬかるんでもいた。

 こんなところ一人で入って大丈夫かなと、背中に薄ら寒さを感じつつ進むと、やがて開けた空間が現れ、


「ここが……」


 町の雰囲気とは合わない木造二階建ての建物が姿を現した。

 市壁に背を向けるようにひっそりと建っている一軒家の正面には、一応の境界を主張する貧相な作りの石壁があり、本来は両開きの門扉があったのだろうが、今は片方の門が外れてなくなっていた。家の前には申し訳程度の庭があるが、今は短い雑草が生え放題で全く手入れはされていないようだった。


 見える範囲で言うと、一階と二階の正面には窓が二つずつあるが、どれも汚れてくすんでいるか、割れた跡を補修した跡があった。外壁も元々がそうなのかはわからないが、黒ずんでいて綺麗とは言い難い。

 唯一玄関には植木鉢に白や黄色や紫などの小さな花を咲かせている植物が申し訳程度に育てられていて、一応人が住んでいるのだろうなと思わせる。


「いや……廃墟じゃん」


 が、まずその感想が口をついて出てきた。

 いや仕方がないと思う。どう考えても廃墟にしか見えないし、最大限に配慮して言ったとしても歴史がある家なんだな、という古ぼけた家屋の印象は拭えない。

 こんな場所に住んでいる人がいるとしたら、それは不法占拠をしている浮浪者か、脛に傷のある人くらいだ。つまりなにが言いたいのかというと。


「めちゃくちゃ怖え……」


 これである。


「本当にここか……?」


 手元の地図を何度も見直してみるも、やはり場所はここで合っている。というか、ヴェルデーナが町にいるかどうかの確認をしたときに、地図を見せて家の場所を確認してもらっているので、地図が間違っているということはあり得ない。


 ヴェルデーナ・サイフォニック氏の自宅は目の前の家で間違いない。

 喉を鳴らして唾を飲み込む。風が抜けないせいでじっとりとした空気が体に纏わりついて背中が汗ばんできたが、これは不気味さから生じる恐怖の影響が強い。


「母さん、待ってて」


 それでもライカは覚悟を決めた。ここで尻込みをしている間にも状況は刻一刻と悪化しているはずだ。

 無為に時間を消費できる余裕はないのだ。

 ライカは意を決して意味をなしていない門扉を通り、そのまま玄関の前で立ち止まって深呼吸をしてから、ノッカーに手を伸ばした。

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