夏 中
「アイス買いに行かない? 割り勘で」
後ろを振り向くと、雅子はしっとりとこちらを向いていた。猫とかを見る目だった。
「一人で買ってきなよ」
「お金が足りないって、一人で行きたくないし、しっかりゲインしますから」
「ていうか営業してんのあそこ」
「してる、してる」
「まぁいいよ」
由紀はバス停の長椅子の上にスクールバックを置いて身軽に道路に踏み込んだ。雅子はバックを置いていかないようだった。
全身が軽くて、ありもしないビートに足が進められる気がした。横断歩道に限らず、こんな風に道を横断するとき、世代ではないが、いつも頭の中にビートルズのジャケ写がちらつく。
すーとした感覚は身軽さや、道路を渡るという事から来るのかも知れなかった。雅子がストスト早歩きで、最後は小さなジャンプで道路を渡る様を見てそう考えた。
アイスを入れたボックスは微かな音を立てていた。アイスは百円均一らしいかった。
「私、三十円しか持ってないから、好きな味選んでいいよ」
「逆にどうやって三十円だけ残せるの? 18歳の持つ金額じゃないでしょ」
「うーん、金欠の覚悟?」
18という数字が何か響いた。一体何故だろう、何か特別な数字ではないけれど、知らぬ間に18年が経っていたと言うことは、逆説的にこれからの何年になるかわからない人生というトンネルが口を開けている気がした。
雅子はチョコレートが中に入ったモナカアイスを選んでいた。
雅子はスタスタと扉へ向かった。自分だったらこういう店の扉へ向かいにくいなと思う。
「すみませーん」
「あれ、誰もいないの?」
「みたい、あ、ここセルフらしい」
小さいメモ用紙には不器用なカタカナでセルフサービスであることが記されていた。
「防犯大丈夫なの?」
「さぁ」
由紀が三十円をポッケから取り出した。雅子はバックの中の小さい学校用の財布の中から七十円分を取り出して、店のトレーに寄せて置いた。
もう一度、道路を横断して、ベンチに戻った。
太陽はコンクリートの壁より海側にあるから、コンクリートの壁の辺りは薄い影が出来ているが、それは身を寄せないと得られないし、近づきすぎると背中側にコンクリートの放射熱を感じる、ギブアンドテイクの関係があった。
雅子は買ったばかりのアイスを開けた。モナカアイスは長方形のモナカの中にアイスが入っている形式で、それが横に三つ連なっている。
雅子はぱっきっと一片を折ると、それを差し出した。
「歩合制ね」
「そんな吝嗇家なんですか?……」
手渡されたアイスを少し見つめてから、一口、美味しい。ちょっとアイス硬いけど、香りがふわっと広がっていく感じがする。
雅子をチラリと見る。少し目を細めて、どこか遠くを見ているようだった。ふと視線があう、アイスに目線を落とす。
「歩合制だからね」
雅子は薄く笑った、雅子の笑顔は頬がいい。大キョウ筋っていう名前の筋肉だったと思う。
数口もすれば、すぐに食べ終わってしまった。
スマホで時間を確認したけれど全然、経ってなかった。
「あのさ、まこっちゃん、私さぁ、最近全然勉強できないんだよね、やる気出ないっていうか、萎える」
「由紀一般だもんね」
「近大の推薦でしょ、推薦だって無敵じゃないから、きんちょー感なさすぎ」
雅子はばつが悪そうに口を少し窄めて、頬を少し膨らませた。もしかしたら、口を窄めただけかもしれないけど、口の中まではわからない。
「でもどうにかなるんじゃない? まだ夏休みギリ前じゃん」
「そうだけど、そうじゃない、やる気ってそういう概念じゃないから」
「でも、やるしかないんでしょ」
「みんな勉強やめてくれないかな」
「それで由紀だけ勉強するなら抜け駆けじゃない?」
「勉強なんていかに抜け駆けするか勝負だよ、内職とか、中学受験とかね」
「最悪地元大でいいじゃん」
「最悪は最低の選択じゃない? 妥協は堕落の始まりみたいな?」
「じゃあ勉強しなくちゃじゃん」
由紀が言い返せなくなると、雅子は最後の一口を放り入れた。
なんでやる気が出ないのか考えたら、未来への希望の薄さが大きいのかもしれない。
実際、大学を出て年収が変わるって、言ったってそんなに幸せか実感が持てない。大前提、大学は勉強をするところのはずなのに、就職実績を恥ずかしげもなく、むしろ誇らしげに晒す態度も気に入らなかった。
考えても何も変わらない螺旋的な思考に落ちていくような気がした、そんな時は頑張って無心を意識する。
数分、じっとしていた。
実質には一分と数十秒だった。退屈という感情が胸の奥に湧いたけれど、退屈は悪いようには感じられなかった。だって、退屈自体が嫌な感情を示す語じゃないから、退屈はただの状態だと思うから。
こんな所で家に帰ってから、ヴィンテージをやるか、それとも英文法ポラリスか、なんだかアホらしく思える。
今という意識のある瞬間は、期限ものだから、有意義だろうと、生産的だろうと、楽しくないことを考えたり、するのは無駄に思える。セルフ牢獄とさえ思う。外に晒したら子供っぽいって言われるかも知れないけど、心の底でそう思い続ける事は強かな生き方かも知れない。ボールの接地点のようにほんの一点でコロコロ回っていくこの瞬間を一瞬でもトップスピードで駆け抜けられたら、どこでもみんな幸せと思えるはずなのに。
視線を雅子に向ける、雅子は情報の海をスクロールしていた。あまりじろじろ見るのも怪しい人だけれど、せっかくだから何か話をしたい。しかし、由紀には提供できる面白い話や噂はなかった。
「海行かない? 海」
それが唯一、由紀が提供できる話題だった。
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