第6話 春
社会人一年目のゴールデンウィークの最中、雅子は駅前の浦島太郎像の前で由紀を待った。
その日は学校の同窓会があったが、その裏で二人だけで開くものだった。高三の冬の日の約束を果たすためだった。
浦島太郎像は地元では有名だが、この地域が浦島太郎伝説の有力候補ではないから、なぜモチーフになったのか理由はよくわからない。
空間にはまだ寒い頃の名残を感じるけれど、太陽の力強さも同時に感じる気温だった。
ラインを開いて、新着メッセージを確認する。そこには浦島太郎像の写真があった。よく見ると自分の後ろ姿も載っている。
後ろを振り向くと、由紀が立っていた。ちゅっと不思議なユーモアは健在だった。
「久しぶり!」
柄にもなく雅子は少し大きな声が出た。
「ラインとかでやりとりはしたけど、本当会うのは5年ぶりとかだもんね、元気?」
「元気、元気そっちは?」
「取り敢えず、死なない程度には稼げてるって感じ」
「やっぱ由紀には起業とかそっちのが向いてるよ」
「細々とですけどね」
「それでもすごいよ」
「いや本当、全然だからね、風が吹けば来年は無職になってもおかしくないから、自転車操業超えて一輪車なの」
由紀のユーモアが本当に好きだ。一体何が次に出るのか、何が頭の中に圧縮されて蓄積されてるのかがわからないところが、言葉で表しにくいが、とにかく、好きなのだ。
二人は雅子の赤くて小さい乗用車に乗り込んで、ドライブを始めた。
由紀は学生企業をしたものの忙しさから碌に親にも会っていなかったから、実家に行くのが目的だった。二人で過ごすのは明日以降の予定だった。
雅子は狭い車内にビートルズのアビーロードが順番に流れてゆく。小さい車特有の軽いエンジン音と混じり合って、一瞬のヴィンテージ感があった。
少し遠回りになるが、雅子はあえて高校の前を通る道を選んだ。
「なんかすっごい昔のことみたい、夢で見た建物が実在したみたいな感覚」
「これはエモい?」
「大エモ」
雅子はいつもの登下校で訪れていたはずの学校を自分が運転する車で由紀と見ることにメタ的な感覚を抱いていた。
自分の今の心を小説に活かせないかと、少し冷静に言語化しようと試みた。カムトゥゲザーが終わって、サムシングが流れ始めた。
車は通り過ぎ去っていく学校を赤い車体にしばらく反射させていた。
アイウォントユーが流れる頃に赤浦に着いた。今でもあのボロい店は存在はしているが、アイスボックスは姿を消して、目の前のアスファルトの駐車場の隙間から黄色い雑草が伸びていた。
「ちょっとだけ寄ってかない?」
「うん、ここもなんかすごく懐かしく感じる」
二人は縦に並んで道路を横断した。二人は海へと続く階段へ向かい歩いた。
「そういえばまっこちゃんの方で、ビックニュースとかってある?」
「ミドルニュースくらいの話なんだけどね、この前小説の自費出版したくらいかな?」
「自費出版ってことは、作家?」
「作家っていうよりかは、趣味の延長って感じ、文学フリマってのがあって、そこで売るように少しだけね」
「それってどんな話?」
雅子は癖で口を少し窄めていた。由紀はその癖を見逃さなかった。
「エロい系?」
「エロい系じゃないけど、自分が書いたのいうのって恥ずいわ」
「それどこで買えるのかな?」
「もういいじゃん、この話は終わり」
「出版してどうなったとか、過程のストーリーがなければただの報告じゃん」
「少しだけいうなら、半分純文、半分恋愛的な話で、フリマに出した結果はほぼ売れなかった、ネットの友達とその友達の分だけ。大赤字、それだけ」
「気になるなぁ、まこっちゃんの小説」
階段に到着した。今日の海は落ち着きがあった。
「じゃあ由紀の会社が上場したら見せるってのは?」
「上場の難易度舐めすぎだよ、小売り兼細々ECで辿り着くハードルじゃないって」
二人は少しの間、波の音に耳を傾けた。白波は消えては現れる、風は一定の方向から吹き続ける。
「由紀、明日行きたいとこある?」
「どこでもいいけど、ずっとドライブしに行かない?」
「どこまで?」
「少し遠くまで」
「時間は大丈夫なんだっけ」
「全然大丈夫、そういえば雅子ちょっと変わった?」
「え? 何が?」
「ちょっと変わったなぁって」
二人は車へと戻った。雅子はノルウェイの森をかけた。
赤くて小さな車は軽い音をたてて、トンネルの中へ向かった。
四季-アビーロード 澁澤 儀一 @shibusqwa
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