第5話 冬
季節は冬になった。由紀は一般試験を受けたが合否がわからないまま、卒業式の練習に挑んだ。体育館を暖める炎を内包したヒーターぼーという音が妙に気になる。周りの景色は自分を中心に回っている気がした。
練習は午前中で終わった。二人の通う学校はちょっと雑なところがあるから、練習が終わったら、その場で解散となった。そして次の体育の前に退出するようにアナウンスがかかった。
所詮、学校もところてんと一緒。そう考えて、自分の語彙の飛び方が自分でも少しおかしく感じた。
「由紀、この後駅前の方でお昼にしない?」
「うん」
「由紀の試験って昨日だったんだよね」
「まぁまぁ解けたって感じ」
「よかったじゃん、結果は15日後だよね」
「一番生きた心地のしない時期ってやつだね、個人的にはとりあえず終わったから気楽だけど」
駅前に到着して、イオンへと向かった。右手側には昨日、都心の大学の受験をした地方大学の都市型キャンパスが目に入った。
不思議だ、昨日テストを受ける時と今では全く感覚が違う。周りを歩く人は誰も自分がそこでテストを受けた事など知らないのだ。
イオンの中にも多くの人がいた。ワイワイしてる人は一般を受けてないのかも知れないし、不登校だけどイオンで楽しむタイプかも知れない。それはわからない、自分がそう思うということは相手から見ても、自分のことはわからないんだなと思うと不思議だ。
エスカレーターに吸収されて放出されてく人の流れに入る。ぼーとしてたら、何を考えてるのかわからない人間の波に飲み込まれる気がする。だから、いつも都心に行く時は関係ないことを考えがちだ。
雅子をちらりと見る。中心のホールを抜けた向こう側の店を眺めていた。思えば雅子と一緒に食事を取るなんて数回しかなかった。ずっと一緒にいるけれど、そんなタイミングがなかったなと思い返して、終わりフェーズの思考になっていると気がついた。
「まこっちゃん、何食べんの?」
「おじいちゃんから、マックの株主優待貰ったんだけど、どう?」
「外資っぽいのに優待あるんだ」
「なんかね、わかんないけど家に結構そういうの来るんだよね」
由紀はスパイシーチキン。雅子はテリヤキバーガーを頼んだ。ドリンクとか、ポテトもしっかり付いていた。優待券を連続で出すのってなんだかUNOみたいに見えた。
向かい合うように席に着くと由紀には外を歩く人が見えた。
「由紀さぁ、卒業したら、もうしばらく会わなくなっちゃうじゃん」
「うん」
「そうなったら、数年後に忘年会開こうね」
「社会人になる前には、一回は開こうね、同窓会」
「同窓会? 結局忘年会と何が違うのかな?」
「感覚的におじさんくさいのが忘年会って感じだけど、別におじさん限定じゃないらしい」
雅子はスッとスマホを取り出して、パパッと調べ始めたようだった。その間、由紀は外を歩く人を見て、仲間内で固まって歩く人を見ていた。ふとした瞬間、本当にあの場の全員は楽しいのだろうかと思った。
一体どんな人が楽しくて、どんな人が、楽しくないのだろう。
馬鹿みたいな顔で笑ってる人は、楽しそうだなと思う。
賢い人も賢ければ自分が良く生きれるようにできるだろう。間の人はどうだろう。
「あ、同窓会っていうのが、同期でやるやつで、忘年会は年末らしい」
「ふーん」
「由紀今何考えていたの?」
「敢えて言うのであれば何も考えてない」
「由紀の考えている事結構気になる」
「うーん、なというか、幸せに生きれるラインはどこだろうなって」
「すごい抽象的だ、大学は哲学科のエースじゃない?」
「そうかな? ただの自論を練ってるだけだけどね」
「具体的にさ、いつも何考えてんの?」
「さっきはさ、色々な人がいるけどみんな幸せなんかなって思って。多分バカな人と賢い人は楽しいと思うんだけど、中途半端に賢い人って不幸そうだなって、なんとなく思った」
「やっぱ、由紀って変わってるよね、悟ってる感じする」
「そうかな、自論の多いめんどくさいやつだよ」
帰りのバスは駅前から、家のある方へいつものバスを取る、当然、座席は最後尾。
しばらく進むと、都心からずれ始めて、薄い雪が敷かれてる景色が増えた。
道路の上はべちゃべちゃでグレーな雪が増えた。ギュル、ギュっと雪を圧縮する音をと共に、バスに揺られた。
由紀は中途半端な賢さは幸せになれないというのは間違ってると思い直した。気がつきにくいと言い直すべきだ。
中途半端な賢さは幸せを感じ辛くて、生きずらい。バカな生き方する人は不幸に気付かない分幸せだし、賢かったら上手く生きてる。
そんな事を考えて、自分の不幸せを思った時、バカだと見下してきた奴らほどよっぽど賢くて人間らしいって気付かされるんだろうな。だから、バカの指標を年収や学歴に置き換えて、幸福の根底を物質的な指標に頼りたくなる、でも中途半端に賢いと思う奴の中のさらにちょっと賢いわけではなくて、メンドクサイ人間は捻くれて、物質に頼ることの不確かさや無意味さを意識して、ぼんやりとした絶望の中を生きるのかも知れない。
特にちょっとだけ賢い人間は悟ってしまう。わかってしまうけど、それが幸福に繋げられないんじゃないかとかずっと考え続けた。
そして賢くはないから意識される不幸だけに意識を向けがちになるかも知れない。
これを考えた上で自分が幸せに生きるには何が必要なんだろうかと、新しい命題を立てた時、バスの中には赤浦のアナウンスが流れた。
この寒さ、しかも特段何もないから、二人は赤浦で降りようとは思わなかったけれど、由紀の中では夏の日に降りた赤浦はしっかりと思い出として今も焼き付いて、秋の日に降りた時の、ことは少し恥ずかしい思い出だけど、雅子の優しさも今もはっきりと空間と結びついて、固定されている。
「そういえば、夏の日に、なんでここで降りようとか急に言い出したの?」
「夏の時に降りた時は、深い理由はなくて、何も考えてなかったんだけど、なんか、衝動的に降りなきゃって思ったんだよね」
「ふーん、やっぱ変わってる」
幸福について色々考えていたら、降りるべきバス停に付いていた。雅子と一緒に降りる。外は締め付けるように冷たかった。二人はバス停の位置で左右に分かれるのが家まで最短のルートだった。
「まこっちゃんちゃん、同窓会楽しみにしてるから」
そう言って別れた。思うのと発言が同じタイミングだった。
「まだ卒業もしてないけど、わかった」
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