第4話 秋 下
その夜、雅子は自室の机上を眺めて、幾つかの参考書の上に視線を低空飛行させてから、趣味の執筆を始めた。
ただ、最初はネット小説のレベルの低さを見、これくらいなら書けるだろうという、見下す心持ちで書き始めた物だったが、気がつけば、趣味となっていた。
投稿サイトのワークスペースで自作のpv数やハートの数が増えてないか確認したら、pv数が学校に行く前から一増えていた、ハートも星もないけど、スマホの画面に表示された一の数字にシンパシーのような物を感じていた。
それと同時に、pv数が一つくだけで感情が動くいて、喜ぶことに、後ろが透けるほど薄く、足場が抉られていく感覚がするのだった。
純文学系が評価されにくいネットで、エンタメ極ぶりのファンタジー系と戦うのは無理がある話だとは思う。
今、雅子が執筆中のシナリオは、ベニスに死すなどに着想を受けた作品で、大学生の僕は、写真家を目指しながら、撮影のために訪れた島で美少年の柊くんに惹かれるという物語だった。
雅子は自分の書いた文章を声帯を揺らさないように声に出してみる。
「柊くんは肌が白く、血管が薄く透ける、目元は微かに青い。気だるげな返答をしながらも、東京から来た僕に興味を持っているようだった。薄紅色の太陽の香りがする」
つまらない文章だ。典型的なショタキャラに見えてしまう、ネットにゴロゴロいるキャラクター像で深みがない。自分には書きたいのがもっと解像度たかく理想的に、もっと美しくて、魅惑的で危うさ持たせられると思っていた。あわよくば、五大文芸賞の一個でくらい、最優勝には届かなくても、最終選考くらい残るんじゃないかと思っていた。
椅子の上で体育座りをして、右手でスマホを顔面の前で握ってしばらく、思考を巡らせずに眺める。左手は下へと伸びる。
逃げるように、インスタだとか、スレッズだとか色々なアプリへと向かう。その中で自分が今逃げをしたと認識してしまうのが切ないし、嫌な気持ちになることが分かってるのに、自分の感情を追いかけちゃうのが嫌。
元々、写真を殆ど撮らないから、写真アプリの中には、まだあの夏の日、由紀を撮った写真が、浅い層に存在していた。
写真の中の由紀は砂浜に倒れて、右手を首元に、左手をベットシートを握るように、砂浜に浅く指を立てていた。
夏の昼間の写真は光が強すぎる、目の奥がじんわりと暖かくなる。
スマホの電源を消すと虚な自分と目が合う。罪悪感で舌の上がねばつく、スマホを置いた。 右手でコップを手に取り、中に少し残った水を飲み干し、口腔を濡らした。
しっとりとした汗がひいて、あたりの静かと少しの寒さに気がついた。きっと海の底もこんな感じだろう。自分が空の底に沈んでいる生き物だということを思い出した。
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