四季-アビーロード

澁澤 儀一

第1話 夏 上

 由紀と雅子は高校の登下校に1時間に一本の頻度の廃線スレスレのバスを使っている。

「だるい」

「うーん」

雅子への由紀の返答も怠そうだった。

 由紀は隣に座る雅子に視線を向けた、いつもより二層分くらい憂鬱そうだった。爪の長い細い指で手前のポールを掴んでいた。長い髪がバスの振動で微かに震えていた。 

 このバス停で降りないのは運転手は知っているはずなのに、律儀にアナウンスが流れた。

 赤浦という地名だ、ここを通るたびに、毎回、毎回、浦は裏、心の内を表すと書いている小説を思い出す。

 そこでふと、ここで降りてみたらどうなるだろうかと衝動が湧いた。

「まこっちゃん、ちょっと降りてみよーよ」

「いや、暑いでしょ」

 由紀は悟った、それがダメだ、今のこの衝動を抑えるには、とにかく外に出ないといけない、そう考えた。

 停車のボタンを押してみた、おもちゃのボタンを押し込むような感覚がした。雅子は本当に押したのか、という表情に見えた、意表をついてやったぞ、と内心思った。

 バスが停まった。

「本当に降りんの?」

「当たり前でしょ」

 雅子は乗車口に向かう由紀を追いかけて、オドオドした歩き方をした。 

 バスからジャンプ一つ、車道より一段高い歩道に飛び降りた。ぼごっとバッグの中で教材が揺れる音がした。

 由紀は振り返って、ロールスロイスから降りるお嬢様にするみたいにエスコートしてやろうと考えた。

 日光は肌にチクチクした。冷房で縮小した肉体を解凍しているみたいだ。

 雅子は由紀の手を掴み降りた。手のひらの冷たさを覚える。

 蝉の声は青空に螺旋を描きながら落ちていくように聞こえた。

 バス停には時刻表と座るのが不安になるくらい色褪せた青いプラスチック製の長椅子があるのみだった。

 バスが去っていく背中はどこか切なかった。

 小さな山、というより丘をぶち抜いて、小さいトンネルが空いている。そこへバスは飲み込まれていった。

 崩れるのを防止するからためのコンクリートがワッフルなら、その上の青々とした木々はこの暑さで溶け始めた抹茶アイスだ。

「あつ」

「まこっちゃん、クレーマー? そーゆーのが良くないって気づいたんですよ、わたしぃは!」

「これ、次のバスは1時間後じゃない?」

「リアリストはペシミズムでいけない」

 普段、バスの窓越しにしかみない景色の中に居るというのは、たとえ生活圏内だったとしても、特別感がある、大袈裟に言うなら映画のスクリーンの中にいるような感じだ。

 どことなく高揚した気分の中で、由紀は道路の向かいにある、ボロい店に目が向いていた。

 ここは山に二面を囲まれ、一面は海と仕切る続くコンクリート、最後の一面は見えはしないが学校側にひらけている。そんな住宅街でもないここに何故か、ずっと前からボロい店があった。

 営業中なのは知っているし、たまにミニバンとかが止まっているけれど、儲けになっているのかわからない。家ぽくも見えるから住居兼店なのかもしれない。

 店には泣くように錆びて視認性の低すぎるタバコの看板や、底が錆び始めたアイスの入ったボックスがあった。

 ずっと前から気にはなっていたがわざわざ行く勇気も目的もないという店。

 ここで一時間も待つのは確かにきつい、スマホで時計を確認する、16:36バスの正確な到着時間は知らないが、単純に1時間後は17:36、雅子との一時vs灼熱の1時間だ。

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