第6話(1)
武器が必要だ、とアレクサンドラは開き直るように考えた。
反対を受けているからといって常に引き下がるのでは何も成し遂げられない、それは相手の顔色を見て行動を決めているのと同じであって、老夫婦から学んだことにも反すると彼女は解釈した。
約束を撤回するという選択を取るわけにはいかない、それは公証長というよりは、アレクサンドラ自身の敗北であった。
やらなければならないことは、やらなければならない。
そして、そのためには公証長の地位だけでは足りず、新たな武器が必要だ。
武器と言っても、巻き戻る前のような苛烈さをもはや使うつもりはない。
激しい気性が彼女の中から全く失われたわけではなかったが、それが兆すと必ず恐怖の思い出がその上に覆い被さり、表に出て来ることはなかったし、命を持って代償を払った身としては、もう二度と頭ごなしに叱責するようなことはしたくなかった。
しかし相手の主張を聞き、それに対応するというのを漫然と繰り返すだけでは、何一つ物事が進まない場合もあるということを、窓口設置の検討の中で痛感させられた。
最初に手続の見直しを言い出した際には、父伯爵の力添えを受けたが、公証長となった今、再度それに頼るのは責任放棄である気がした。
独力で進めるには武器がいる、彼女はそれを毅然とした意思表示に置くことにした。
打ち合わせは引き続き行うものの、もはや皆で検討するのではなく、意見を聞くだけの場にしてもいいかもしれない、とアレクサンドラは思案する。
出席者にどうすれば実現可能かという視点が欠けている、ならば検討させるだけ時間の浪費ではないかと、彼女の武装は厚くなっていく。
「何を言うかではなく誰が言うか」という老夫婦の教えはどうなのか、という自問は、どんな定理でも時には修正されるべきこともある、臨機応変の実現だ、そのように自身を納得させた。
直後に開いた打ち合わせには、これならば隙はないだろうというところまで、理論と実際とを掛け合わせた制度の案を一気に提出した。
窓口には、認証の申請の受付、申請書の形式的な審査、手数料の徴収、帝都にある本所への送付、結果証の交付までを任せる。
紙上の記載漏れや添えるべき書類の不足だけを確認するならば大分負担が軽減される。
設置場所は、領地であるオルトと、帝都に次ぐ第2の都市メルジューンの2か所。
オルトに設置するのに、メルジューンに置かないのは利用見込み数を考えると不合理なため、メルジューンを加えた。
ただし他貴族領であるため、交渉は公証長が行う。
最大の懸念である職員については、不足分は採用する、給料などの条件は在職者を含めて引き上げる。
最初は、経験豊かな職員を窓口に配属するが、軌道に乗ったところで新しく、最終的には現地で採用した者を宛てる。
「大枠はこのように。細部は速やかに設計しますが、この段階で意見はあるかしら」
公証長の涼やかな、しかし有無を言わせないと響く口調に、構成員は密かに目配せをし合ったが、手を挙げる者はいなかった。
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