ナーバス・クライ・マジカルガール・デッドエンド・サスペクト・リベンジ
@tamabashi
第1話 ビギニング
白昼の町中、大きな生き物が暴れている。体躯は3mほどで、外観は熊のようにも見えるが表皮は鱗に覆われており頑丈そうな印象を見るものに与える。その爪は長く、硬く、鉄板くらいなら引き裂いてしまえそうなほど。
恐ろしき怪物、人類はそれらを魔獣と呼んだ。そして、魔獣に対抗することができるのは選ばれし魔法少女たちのみだった。
「クララちゃん、お願い」
「ん。」
濃紺の戦闘服に身を包んだ少女が目を細め、魔獣を見据える。彼女の固有魔法は魔眼、あらゆる生物の弱点がヒビとしてその目で見ることができた。
魔獣は人のネガティブな感情から生まれる。(と言われている) それらの多くは自らの劣等感、コンプレックスと呼ばれるものだ。そこから生まれる魔獣はコンプレックスをそのまま、弱点としてもったまま生まれてくる。
その弱点をヒビという形で見ることが出来るのが魔眼の固有魔法を持った魔法少女、宇津井眩楽(クララ)だ。
今回の魔獣はその頑丈そうな外見通り、ヒビはほとんど見られない…だがそれが魔獣である限りどこかにヒビは存在するはずだ。クララは視点を移動させる必要があると感じた。
「キサラちゃん、動くよ」「あいさー」
クララはコンビを組んでいるもう一人の魔法少女、山中希沙羅(キサラ)に声をかけると、魔獣を中心にして左方向へ移動を開始した。側面、あるいは後方からならば魔獣のヒビを見つけることができるかもしれない。
同時に、魔獣も動いた。その鋭い目でクララを捉えると、即座に距離を詰め、豪腕を振り上げる。
「クララちゃん、危ないっ!」
キサラが声を上げた。クララは咄嗟に回避の姿勢を取るが、魔獣の動きの方が早かった。熊のような体躯だけでなく、俊敏さも持ち合わせているようだ。熊のような凶暴な野獣は人間の恐怖の対象であり、魔獣はそういったものの姿を取ることが多い。
回避は間に合わない-魔獣の豪腕と巨大な爪がクララの眼前に迫る。
今にもクララの顔面を魔獣が引き裂こうというその時、クララを押しのけるような形でキサラが魔獣との間に入った。
キサラの細い体が魔獣の爪によってズタズタに切り裂かれる。そう思われたがー
魔獣の腕はピタリと止まっていた。まるで数分前からその場で静止していたかのように。
「キサラちゃん…ありがとう」
「どいたまっ」
キサラは平気そうに笑った。平気そうというか、傷一つないというか、魔獣の爪はシエルの目の前…というかほぼ接触した状態で静止している。
これがキサラの固有魔法、魔獣絶対防御だった。あらゆる魔獣由来の力、暴力、跳弾や力場といったものでさえ、彼女を傷付けることはできない。毒や地場、恐怖といった概念的なものでさえ、魔獣は彼女に影響一つ与えることはできない。彼女を現世最強の魔法少女−ゴッドセイブザクイーン−と呼ばしめる、唯一にして最大の固有魔法である。
魔獣もすかさず2撃目、3撃目を繰り出すが、結果は同じでキサラに届きこそすれ、傷一つ付けることはできない。眼前の光景に理解が及ばないのか、魔獣は攻撃を繰り返した。
普通の人間ならとうにミンチになっているような凄惨な連撃を受け止めながら、キサラは笑う。
「さ、クララちゃん。今のうちだよ!」
クララは魔獣の迫力に腰が抜けそうになっていたが、震える足に力を入れ、魔獣の後方へと向かう。
意識を集中する。
見えた。魔獣の後方、首の付け根あたりに一筋、だが大きなヒビが入っている。まるで胴体と首を両断するかのようなヒビが。
「見えたッ!後ろの首の付け根ッ!」
「はいな!」
キサラにヒビの位置を伝えると、彼女は両手を前方に構える。そうして放たれた反発波によって、魔獣は大きく姿勢を崩した。魔法少女の基本魔法、魔法壁の応用で、彼女は対象を弾くように壁を展開したのだ。至近距離であればこういった使い方もできる。もちろん強大な魔力が必要ではあるが。
キサラは瞬時に魔獣の後方へ回ると、右手を前方に構えた。すると、その手の平から虹色の光球が放たれた。光球は魔獣の首筋に吸い込まれるように命中し、爆発した。爆発の中で魔獣はまるで弾丸を撃ち込まれたガラスのようにその身を崩壊させる。
魔法少女の基本魔法その二でありもっとも重要な魔法、魔弾。魔法少女の利き手から放たれる魔法的反物質存在であり、対象と衝突した後爆発を起こして消滅させる。魔法少女にとってもっとも基本的な攻撃手段である。もっとも、ここまで強力かつ高い追尾性能を持つ魔弾を出せるのはキサラが現世最強と呼ばれるほど高い魔力の持ち主だからである。
クララは恐怖で荒くなった息と鼓動をなんとか沈める。戦いは終わったのだ。一方でキサラは汗一つかいておらず、平気そうだ。
「終わったよ、クララちゃん」
「終わったね…」
クララはへたりと座り込みそうになるのを我慢しながら、なんとか笑顔を作ってみせた。
「さ、帰ろう」
キサラは手を差し出すと、クララの手をぎゅっと握った。そしてそのまま歩き出した。
「私達、いいコンビだねっ」
握ったキサラの手は冷たく、そして仄かに震えていた。いかに最強の魔法少女と言えども、魔獣との戦いは恐ろしいのだろう。
実際、魔獣との戦いにおいて魔法少女の生還率は決して高くはない。こうしてコンビを組んだ二人が、二人とも五体無事に任務を終えることができるというのは当たり前のことではないのだ。
いつまでこの日々が続くのだろう…クララは目の前の少女を眺めながら、そんなことを思った。願わくば、この瞬間が永遠に続けばいいのに。そんなことも思った。
だが、そんな平穏は間もなく打ち破られることになる。この時の二人は、そんなことを知らず穏やかに二人きりの時間を過ごしていた。
こうして、魔法少女現世最強コンビの何度めかの任務は幕を閉じた。
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