鏡の奥

沙華やや子

鏡の奥

 涼梨すずりは、この世にこんなに楽しいものがあったのか……! と驚いている。

 それは……物語りを綴ること。お話を書く時、涼梨は文字・言の葉のマジシャンになった気分。美しい衣をまとった妖精になるのだ。

 作品でもってして、読んだ人のココロをくすぐり、時には勇気づけ、またある時は泣かせ解毒してあげる。

(お友だちのいないあたし……でも、こんなに素敵な気分になるわ! いつかプロの作家になるんだ! そしたらきっと、世界に明るい魔法をあたしがかけられたりして! 大それた夢かな)実は本気で希望を持つ涼梨。


 ある日の涼梨は夜遅くまでPC前に居た。メルヘンのプロットを書いている途中だ。

「……ここで、お化けが登場し、主人公の男の子がびっくりする……ファ~ 、ねむい、かな」ムニャムニャ……。


 すると、部屋のドアをノックする音。(え? ママ、まだ起きてたのかな?)

「はーい、どうぞ」

 ぎょぎょぎょっ!

「ダ、ダレ?! 誰よ、あなた? お化け?」

「ウフフフフ」(き、気味わるぅ)

 でも、優しい笑顔のその少女は言った。

「こんばんは、涼梨。お化けじゃないわ、あたしはあなたよ!」……のみこめない。

「わけわかんない! とにかく! あなた……人じゃないよね、お化けじゃなくても物の怪の仲間でしょう?」

「ン? 涼梨ってそうなの?」と訊いてくる少女。

「あたしは人間ですよ」

「ほんとう?」

「そんなの答えるまでもないわ。その……『あたし』だっていう『あなた』、なにしにきたの?」

「ンーとね、名前は『リズ』。一心不乱な涼梨の中に実はあたし、棲んでるの」

「……フーン。『リズ』。あたしが小学生だった頃のニックネームね」

「そうよ」

 その時、風が彼女の長く美麗な髪を揺らした。涼梨のロングヘアーもいっしょになびいた。

 え? 窓も開けてないのにどこから風が……?


 妖精とは思えない、リズは。だってあたしよりも背が高く、スラッとした手足をしている。


「リズちゃ~ん!」(あ! ママだ!)涼梨はいまだに母親から小学生の時の呼び名で呼ばれる。

「リズ! ママの口から心臓が飛び出るわ! うちのママ怖がりなんだから、早く早く! クローゼットに隠れてっ」

 涼梨に半ば強引にクローゼットに押し込まれるリズ。彼女に触れるとお花の良い香りがした。

「リズちゃん、起きてくれててよかった! 肩こりが酷くてさ、湿布を貼ってほしいの、両方よ」

「うん、わかった、ママ」手慣れた手つきで母に湿布を貼ってあげながら(リズは今、どんな気分だろう? たぶんクローゼットの隙間から見てるよね)と思った。

「ハ~、これでよく寝られると思う、ありがとうねリズちゃん」

「うん、ママ、おやすみ」

「リズちゃん、根詰め過ぎないようにね!」

「は~い」ニッコリ微笑み、ママがドアを閉めた。と同時に顔をのぞかせるもう一人のリズ。

「リズ、出ておいでよ」「うん。うん、しょっと」

「お話の続きだわ。あなた、何のためにあたしのところへ……?」

 するとリズはまた「ンフフ」といたずらっぽく笑う。

「笑ってちゃわかんないよ!」少し涼梨はイライラしてきた。

 一向に動じないリズ。

「どれどれ~……」「あ、ちょっとーっ」

 リズがあたしのパソコンを勝手にいじり始めた。そしておまけに「……うん、フムフム。で? ……うんうん、お化けが登場か~」という具合に、人が一生懸命頭をひねっている、書きかけのプロットを読んでいるではないか。


「寝たほうが良いよ」

「え……」涼梨はリズの突然のひと言に困惑。

「なんで?」リズは答えた。

「おもしろくないもん、これじゃ、お話」

 ガ――――――ン! めまいを覚える弱気な涼梨。追い打ちをかけるようにリズが訊いてくる。

「涼梨? なにから逃げてるの?」……。

 涼梨は胸をえぐられるような心地がした。

「なによ! 現実逃避したって良いじゃない! ほっといてよ!」

「涼梨には夢があるんだよね?」(あ……リズって、リズの言う通りもしかして『あたし自身』?!)

「……あるわよ! 作品はね、自分のカタルシスのために書いたっていいんだよ? リズ、なに小難しい事言ってんの? 夜の夜中に人の家にノコノコやって来て、えらそうにっ! フンッ!」仏頂面の涼梨。

「涼梨、ダーリンはね」

「なによ突然……」

「涼梨のダーリンは、あなたが睡眠不足だと心配するよ?」

「マモルのことなんで知ってんの?」

 驚きを隠せない涼梨。

「言ったでしょう。あたしはあなたなの」

 涼梨は、目下ダーリンと絶賛すれちがい中。この先どうなるんだろう……毎日毎日、依存するほど書き物に没頭し、この苦しみを逃している。

「逃げることは悪い事じゃないわ。……だいたいに、良いも悪いもないじゃん」

 ソファに座り込んでいたリズが立ち上がった。

「うん、涼梨の言う通り」(ぉ! 反論しないぞ?)

 そして付け足した。

「涼梨、マモルのこと、信じてあげて」

 ぅっ…… うっ……。

「うわぁぁぁ――ん!」大泣き。ドタドタドタ! 階段を駆け上がってくるママの足音。バン! ドアがひらいた。

「どうしたの!? リズちゃんっ、大丈夫?!」あ、ヤバいリズが……と見ると、リズの姿は消えていた。


 翌日、涼梨は電話に出てくれなくなったマモルにメールをした。

『マモルが好きです。いつも大好きなの。逢いたいです。声がききたいよ』

 ずっと押し殺していた気持ちの数々。

 すると、マモルから返事がきた……。

『オレはどんなに忙しくても涼梨を想わない日はないんだよ。あとから電話する。好きだよ』

 うれしい……!

 涼梨は自分の中のリズが愛おしくおもえた。


 し・ん・こ・きゅ・う……。

 見失ったら深呼吸して、く自分を待ってあげるの。


(これからあたしは、マモルへのオリジナルストーリーだって素直に綴るよ)


 優しく軽やかに深呼吸。

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鏡の奥 沙華やや子 @shaka_yayako

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