予感

沙華やや子

予感

 ンフ! 今度は人魚が登場するメルヘンを書くわ……締め切りまであと、1カ月、か。


 長編は毎度ながら孤独なランナーの気分だわ。明けきらぬ薄暗い道をね、タッタッタ……と地道に走ってく感じ。

(作品はものすごぉく、愛しいしあたしのものなんだけど、早く大っきくな~れー。はやく大きくなって自立してくれーと祈る。少し子育てに似ているかな。ふふふ♡けど、過ぎてみると息子ともっともぉ―――――っとスキンシップしときたかったな。成人した今じゃ嫌がられて当然だものねアハハ。かわいかったなーぼうや……)



 柚衣名ゆいなはシングルでママになった。18で子どもを生んでいる。父親も若かった。若い父親は柚衣名ゆいなの妊娠を知ると行方知れずとなってしまった。苦しんだけど、息子がただただ、ひたすらかわくて、かわいくて……がんばってここまで来れた。


 現在息子は21才で大学生。進学とともに巣立って行った。たくましいナイスガイだ。柚衣名ゆいなは来月39才。働き盛りだ。フリーライターの仕事もやっと軌道にのり始めた。物書きを始めてからは10年経った。独立してからはまだ3年。


 人魚が……恋『されちゃう』お話にしよう。よく聞くお話の逆だ。人間に愛されてしまうのよ。主人公の彼女も情熱的に彼とLOVEの調べを奏でるわ。けれども…… っていう大どんでん返しみたいのがほしいな~。


 ンー、ネイル塗ろーと。♪フンフンフンン~。奥底から湧き出るイマジネーションで歌う柚衣名ゆいな。今日はとてもごきげんさんみたい。ピンクとグリーンで彩っちゃう。

 ダーリンにもうすぐ逢えるもん!

  柚衣名ゆいなのダーリン蒼いあおいはちょっぴり年上42才。彼も……山・谷を経験してきたひと。一度離婚していて、今はしっかり者の高校生の娘と二人暮らしだ。隣には実家があり父母が達者だ。

 運送業のダーリンあおい柚衣名ゆいなは文系ではなく体育会系で本なんて興味ないのかな~、などと思い込んでいた。先日デートした時「オレ、前はよく読んでたよ、小説もね」と聴かされびっくりしたところだった。

 交際4年だがそんなの知らなかった! あんまり自分から自分のことを話さない、あおいはおしゃべりな柚衣名ゆいなの聞き役に徹することが多い。  口数が少ないダーリンあおいの色気に柚衣名ゆいなはメロメロなのだ。目はいつでもハート! 猫のように絡みついて甘えるのが常。

 彼の家には娘ちゃんが居るので、もっぱらデートはここ、柚衣名ゆいなの自宅。


 前はダーリンが童話に煮詰まっていた時にアイディアをくれた。

「その少女はね、キノコだったんだよ」だなんて突然言い出して、目が点になった。が!「それだ! ありがとっ」と柚衣名ゆいなは主人公の女の子がキノコになって終わる、というシュールな作品を一気に書き上げた。この本は大好評を博した。


 マーメイド……ね。物悲しいイメージね。そして妖艶で美しいわ。

 瞳を閉じ、イメージの世界であそぶ柚衣名ゆいな


(あたしが……マーメイドで、あおいがマーマン。ふたりでね、深い処まで潜るのよ……きっと深海には宝箱が眠っているわ。その中にたった1つだけある、ハート型で紫色の宝石を見つけたら……ふたりは結婚式をあげるのよ。真珠貝もサンゴも祝ってくれるわ。宝石は金色の首飾りなの……)

 とても楽しい。子どもの頃からこうやって、夢とうつつのはざまに居るのがスリルがあって好きだった。



 ンー、ネイルもすっかり乾いたし……お仕事お仕事! パッと目を開けた柚衣名ゆいなは息を飲んだ!

 ……ここ、海っ!


(あたし、なんで呼吸できてるの?)

 ふと自分の身体を見た。鱗がついてる!

(あ、あたし、お魚になっちゃった?)

 しかし上半身は裸のバストがあった。

 人魚だっ。


 ピンポーン………。


 玄関チャイムの音がし、柚衣名ゆいなは玄関へ急いだ!

(ダーリン、あたしのあおい!)

 もう一度自分の身体を見る。(やはりあたし……マーメイド。そうしてここは玄関だって感じているのに、目にしているのは海の中よ? ……ということは、もしや、あたしのあおいはマーマンに?)

 扉を開けた。

 ちゃぽん……っと綺麗な水のがした。


 わくわくとドキドキを抱え、やって来たひとを見る。

 と、タ、タコ! 大蛸。オバケみたいな。


「あなた誰?!」慌てて尋ねる柚衣名ゆいな。ぷしゅ――――! 墨を吐かれた! さーぁいあく! 柚衣名ゆいなの顔は真っ黒!


 すると蛸のお化けは悲しそうに答えた。

「オレだよ。あおいだよ、柚衣名ゆいな! 柚衣名ゆいなぁ」


(驚きだわ。いつもおしゃれでカッコいいあたしのダーリンあおいがタコになっちゃうなんて……たこ焼き何人前になるだろう、この大きさなら)などとふと浮かぶ柚衣名ゆいな。

「と、兎に角入らせてもらうよ? 家の中」「う……うん」

 ふたりともが互いの体と自分の体を交互に見ては、首をかしげる。

「どうしちゃったのかしらね……ここってあたしの夢の中かしら?」

「え!? そんなことある? オレはただの登場人物なの?」

「よくわかんなーい」     

 あおいは今自分が普段と違いイケてない姿になっているから、柚衣名ゆいなに嫌われちゃったんじゃないかと自信喪失気味だ。


「蛸さん……?」……。「はい……」

「だいすき――――――!」

 柚衣名ゆいなは墨を付けたままの真っ黒な顔で、蛸よりも蛸らしくくちびるをとんがらせ、ダーリンである蛸・あおいにキスをおねだりしている。

 胸を撫で下ろすあおい


 うふふ♡人魚と大蛸が幸せそうに抱き合っている。なんとも滑稽なムードすら。


「……ぉい、おーい! 柚衣名ゆいな柚衣名ゆいなぁー……まだねむい?」


 なにかきこえる。柚衣名ゆいながまばたきを三回した。パチクリ。そこには蛸じゃない人間のダーリンあおいがいた。あわてて手でほっぺを拭う柚衣名ゆいな。タコの墨……付いてない。

「どしたの?」合鍵で入ってきたあおいが不思議そうにしている。


 そこで、かくかくしかじかで……云々、と、さっきまでのことを説明した柚衣名ゆいな


「ン~きっと夢だったのね……ダーリン! ダーリン! ちょっとこわかったわ」

「もう大丈夫だよ、柚衣名ゆいな、オレがそばに居るからさ!」そうして……あおいはバッグから何かをそっと取り出した。


柚衣名ゆいな、少し早いけど……渡したくなっちゃって。誕生日プレゼントだよ」

 美しい赤い紙バッグの中に大切そうに入っている四角い箱。金色の包装紙にブルーのおリボンが飾られている。

「うれしいわ! ありがとぉ……」Chu!! ふたりは熱いキス。

「……んふ~、開けても良いですか?」「良いよ」とあおい

 丁寧にリボンを解き金の包装紙を開くと、ワインレッドの箱が出てきた。


 蓋をあけると……そこには金のチェーンに大きなアメジストがハートを模った、ペンダントが!


 歓びを隠し切れない柚衣名ゆいなの横で、照れくさそうにしているあおい


(あたしたち、結婚するのね。なぜかわかっちゃった。 なぜ? ってだって……そうなんだもーん!)




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

予感 沙華やや子 @shaka_yayako

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画

同じコレクションの次の小説