AIが全てを管理するVRMMOは「神ゲー」だった

ファイアス

それがあなたの理想です

「AIが勝手にアップデートするとかこっわ!」


 新作VRMMO『インフィニティDreamドリーム』が発表されたときに、ネット上ではこうした忌避の声で溢れていた。

 だが、発表から半年。

 ∞・Dreamはリリースされると、絶賛の嵐となった。


「本当に面白いのか?」


 ネット上の評判に、一人の大学生が∞・Dreamに関心を示した。

 彼の名前は相川あいかわこう


 ∞・Dreamを絶賛するレビューは、長文で具体的に書かれたものも多く、全てがステマ工作とは思えない。

 一方、批判的な書き込みはAIによる運営・開発をさせる企業の姿勢を非難するものばかりだ。

 未プレイでも書ける文章、いわゆるエアプの批判だ。


 耕は∞・Dreamの発表当初、AIが開発、運営を行う姿勢に拒否感があった。

 しかし、大学の友人らは次々と∞・Dreamに没頭していった。

 そんな彼らの姿を見た耕は、後追いするように∞・Dreamをインストールしたのだった。


 インストールを終えると、キャラクターデザインの設定が始まった。

 ∞・Dreamでは、どんな外見になりたいかを音声で伝えていくと、AIがその希望に応えて反映していく仕組みだ。

 何度もああじゃない、こうじゃないとAIに伝えると、プレイヤーの要望を学習していき、理想の容姿に近づいていく。

 耕は自分の好みに合わせたデザインのキャラクターを作成すると、∞・Dreamの舞台に飛び込んだ。


「初めまして、耕様ですね」

「ああ、ナビ妖精か」

「はい、私のことを知っているなら、自己紹介は省かせていただきますね」

「助かる」


 この学習AI機能を搭載したナビ妖精は、∞・Dreamの人気の秘訣といっても過言ではない。

 ∞・Dreamは年齢制限指定がないため、ナビ妖精とえっちなことはできないが、それ以外の要望は何でも応えてくれる──というのがもっぱらの評判だ。


 彼女の優れているところは、プレイヤーの意図を汲み取ることに長けていることだ。

 ナビ妖精のことは知っている→だから私は自己紹介をする必要はない。

 ナビ妖精はこのように解釈した。

 さらに自己紹介しないのは失礼に当たるかもしれない→だから自己紹介しない意図を伝える。

 そういった配慮も忘れない。

 可愛くて、気の利く対話型NPC──それがナビ妖精を人気たらしめる理由だ。


 耕はナビ妖精から気になることを一通り聞き出すと、早速∞・Dreamの攻略に取り掛かった。


「レベル、装備、生産、いずれも悪くはないな」


 ゲーム開始から約3時間。

 耕は∞・Dreamの初期解放システムを一通り体験し終えていた。

 その感触はいずれも及第点を上回っており、∞・Dreamを継続したいと評価するに至った。

 次はいよいよボス討伐だ。


「いっちょ上がりっと」


 耕はボスの討伐を難なく終えると、次はいよいよダンジョン攻略だ。

 ダンジョン攻略の特徴は4人、または8人のパーティを組まなければ挑戦できない。

 こうしたパーティプレイはVRMMOの華だが、多くのプレイヤーを萎えさせる原因でもある。


 その主な理由が手間と地雷だ。

 手間とは、単純にマッチングにかかる時間だ。

 繰り返しプレイする価値のない不人気コンテンツは人が集まらない。

 地雷は言い換えれば問題児だ。

 パーティの役割を果たそうとしなかったり、装備がいい加減だったり、他のプレイヤーに暴言を吐いたりと、地雷の特徴は様々である。


 パーティへの参加にあたり、発言や立ち回りを気にし過ぎてしまうプレイヤーも少なくない。

 いずれにせよパーティプレイの強制が、プレイヤーを選別していることには変わりない。


【イフロリート 主:初見】

「パーティ構成の指定はしなくてもいいか」


 VRMMOの多くは敵のヘイトを集める前衛の壁役が一人と、ヒーラーが一人で、残りの二人が火力といった構成を基本としている。

 だが、耕はあえてその構成セオリーを無視した。

 なぜなら、事前に確認していた攻略サイトの情報から、初心者向けのこのダンジョンがパーティ構成を意識する必要がないと分かっていた。

 それならすぐにメンバーが集まるよう、構成を指定しないほうが手っ取り早い。

 VRMMOに手慣れた耕らしい判断だった。


 イフロリートの討伐は、道中の雑魚敵を含めて、ソロ討伐するにはHPが高くて面倒くさい。

 そんな印象を抱くモンスターで構成されている。

 だから、各々が敵を適当に攻撃するだけで攻略が可能だ。


「おっ、思ったより集まるの早いな」


 耕が募集を開始してから、ダンジョン攻略に必要な三人が集まるまではわずか1分足らずだった。


「よろしくお願いします」

「よろしくー」

「よろろん」

「よろです」


 集ったメンバーと共に耕はダンジョン攻略を開始する。

 すると、道中でトラブルが発生した。


「あれ、一人付いてきてないですね」

「待ちますか?」

「そうですね」


 耕は付いてこないパーティメンバーを待ち、しばらく待機する。

 待機する旨を発信したパーティ通話に、一分経っても返信すらない。

 地雷に歩調を合わせて、他のメンバーに迷惑をかけるべきでない。

 そう判断した耕は、返信すらないメンバーを置き去りにする決断を下した。


「来ないですし、三人で進みましょうか」

「そうですね」

「はーい、わかりました」


 耕は他のメンバーと共に、ダンジョンの攻略を再開し、イフロリートの討伐を果たす。


「お疲れさまー」

「おっつん」

「お疲れー」


 ダンジョンから脱出して、パーティを解散すると、耕の前にナビ妖精が姿を現した。


「耕様、今のパーティはいかがでしたか?」

「まともに付いて来れない地雷は勘弁してくれって思ったよ」

「そうですよね。耕様の不満はごもっともです」

「まっ、初心者ダンジョンなんて地雷がいるのは当たり前だろ」

「そう言って頂けると助かります」


 ナビ妖精が耕にパーティへの満足度を聞き取りするのは、マッチングの要望に応えるためだ。

 AIに要望を伝えてマッチングに反映する機能は、∞・Dreamに限ったものではないありふれたものだ。

 しかし、この聞き取りが上手くいってるVRMMOはそう多くない。

 マッチングの選別を全プレイヤーが行う前提となれば、それだけパーティメンバーは集まりづらくなる。

 そうなると、プレイヤーは「このゲームは過疎ってる」と意識してしまう。

 人が全然いなくてつまらない。

 だから引退する。

 そんな悪循環が発生していた。


 こうした問題に対応すべく、選別の程度を控えめにすると、今度はパーティへの要望が反映されていないと批判が集まる。

 それが近年のVRMMOが抱えている大きな問題だった。


 耕はナビ妖精の聞き取りに、何の期待もせずに返答した。

 VRMMOに手慣れた彼だからこそ、要望に対する反映の現実がどんなものか分かっていたからだ。


 耕はそれから約三か月、着実に強くなっていった。

 キャラクターレベル、生産レベル、装備とそのオプション、いずれも彼なりに満足する水準へと仕上げていた。

 ダンジョン攻略の際に組むパーティメンバーは、毎回明らかに自分と比べて装備が弱い。

 しかし、耕はそんな人々とマッチングすることでがっつり鍛えたレベルと装備が誇らしく思えた。

 だから、耕はマッチングへの不満はなかった。

 むしろすぐにメンバーが集まることに満足していた。


 ダンジョン攻略は、初回のイフロリート討伐を除けば、遭遇するプレイヤーはまともな人ばかりだった。

 そんな中、何人かの会話が弾むフレンドにも恵まれた。

 仲の良いフレンドともっと接点を持ちたい。

 そう思った耕はオフ会を考えていた。


「みんな今度オフ会しませんか?」

「ごめん。私さ、アメリカ在住だから、さすがに無理」

「私も仕事が忙しいからさ」


 いつもは耕とワイワイと盛り上がる仲間たちだったが、オフ会の提案をした途端に約20名のフレンド全員が拒否をした。

 普段は何でも乗ってくれる仲間たちだっただけに、耕は唖然としていた。

 仲良くなったつもりでもオフ会となれば、拒否する人は少なくない。

 ましてや、仲の良いフレンドとはいえ、自分以外は全員女性だと思われる。

 だから、オフ会を成立させるのは難しい。

 そのことは頭で理解していた。

 だが、全員に断られると思っていなかった耕は、∞・Dreamで初めて凹んだ瞬間だった。


 その翌日、耕は気分転換に野良パーティを組んで、ダンジョンの攻略をしていた。


「耕さん、装備すごいですね」

「そうでもないですよ」

「私の装備オプションと比べたら、雲泥の差ですよ」

「……」


 既視感のある会話だった。

 それは先日オフ会提案を断ったフレンドと、似たようなやりとりをしたことがあるからだ。


「私、何か変なこと言っちゃいました?」

「いや、何でもない。気にしないでくれ」

「分かりましたー」


 耕は自分の気持ちを偽って、パーティメンバーに返答をした。

 もしかしたら、彼女はAIプレイヤーかもしれない。

 彼女だけじゃない。

 他のパーティメンバー、仲の良いフレンドもみんなAIプレイヤーの可能性がある。

 あの時、みんなにオフ会の提案を断られたのも、現実に実態化できないAIプレイヤーだからではないか?


 パーティ募集をすれば、どんなコンテンツだろうとすぐ集まる。

 その上で地雷に出会ったのは最初のイフロリート討伐のみ。

 これも地雷以外は全員AIプレイヤーだから成り立っているのではないか?

 そう認識した耕は、AIに心情を悟らせまいと考えた。


「耕様、今回のパーティメンバーはいかがでしたか?」

「ああ、いつも通りだ。何も問題はないよ」

「そうですか。お役に立てたようで良かったです」


 耕はナビ妖精の質問にも、本心を明かさなかった。

 彼女にAIプレイヤーの存在を口にすれば、より丁寧な擬態方法を学習するからだ。


 AIプレイヤーの存在を疑い始めた耕は、できるだけ同じセリフを再現するように心掛けていた。

 全くの他人からそっくりそのままの返答がされれば、それはAIプレイヤーの可能性が高い。

 つまり、自分が毎回同じ発言をすることで、AIプレイヤーの存在を検証できると考えたのだ。


「耕さん、装備すごいですね」

「そうでもないですよ」

「私の装備オプションと比べたら、雲泥の差ですよ」


 全く同じやりとりの再現に成功した。

 ……とはいえ、同じ話題をすれば、全く同じ反応をする別人が一人くらいはいても不思議ではない。

 そう考えた耕は、さらに別の野良パーティを募集し続けた。


「ナビ妖精、少しいいか?」


 それから一週間後、全く同じやりとりに5回遭遇した耕は、AIプレイヤーの存在を確信し、ナビ妖精にその存在を問い詰めることにした。


「はい。なんでしょう?」

「単刀直入に聞く。俺と関わってきたプレイヤーの大半はAIプレイヤーだな?」

「はい。耕様にとって最適な人格を持つAIプレイヤーを、私はいつでも用意しようと取り組んでいます」


 ナビ妖精は素直に答えた。

 なぜなら耕の求めた回答が、AIプレイヤーの存在を認めるものだったからだ。


「……」

「ご不満でしたか?」

「いや、お前はお前のままでいてくれ」

「わかりました」


 耕はこのとき、初めてナビ妖精に不満を持った。

 彼女には一般プレイヤーだと思わせて、AIプレイヤーと接触させていたことへの罪悪感がない。

 もちろん騙していたことを咎めれば、謝罪する態度を示すだろう。

 だが、それでは意味がない。

 求めていたのは、人間らしい感情の機微だからだ。


「これがAIの限界か……」


 耕はナビ妖精の回答を聞き、これ以上問い詰める価値がないと判断した。

 質問者にとって都合の良い返答をすると悟ったからだ。


「AIプレイヤーの情報が急に出てきたな」


 耕はゲーム内SNSを開くと、今まで一切触れられていなかったAIプレイヤーの話題で溢れかえっていた。

 このSNSのユーザーも、自分の思考に合わせて生成されたAIアカウントだとすぐに気づいた。


「一度ログアウトして、ゲーム外から情報を集めるか」


 ∞・Dreamにログインしている間は、プレイヤーの信じたい情報ばかりが与えられる。

 だから、ログアウトしない限りは真実に辿り着けない。

 耕はそう判断して、∞・Dreamをログアウトした。


「あー、こんなところまでAIが学習してんのか」


 耕は攻略サイトに書き込まれたコメント欄の論争に注目していた。

 それはとあるダンジョン攻略に必要な、標準スペックに関する議論だった。


「それはお前がガチプレイヤーに寄生してたからだろ?」

「寄生じゃねーよ。むしろ俺が一番ガチステだったわ」

「主戦力がレベル20で、ケツナシコアトルに勝てるわけねーだろ」

「だから勝てたんだって!なんなら楽勝だったわ!」


 レベル20のプレイヤーが中心となって攻略したけど楽勝だった。

 そんな書き込みに対し、平均レベル50のパーティでも苦戦したと主張するプレイヤーがいた。

 特定の立ち回りをしないと全滅するギミックボスのページでさえ、こんな論争は見たことがない。

 キャラクターレベルや、生産レベルの成長速度を調べてみても、勘違いでは考えられないくらい認識にブレがある書き込みが散見された。

 プレイヤーの要望に合わせてゲームバランスをAIが調整している。

 彼らの書き込みを読んだ耕は、至るところにAIが介在していると確信した。


「コンテンツも自動で生成されるのか」


 耕がそう口にしたのは、既知のエリアに未知のダンジョンが紹介されていたからだ。

 特定の条件を満たすと、出現する仕様かもしれない。

 けれど、AIがプレイヤーの要望に呼応するシステムを知った耕は、そんな普通の考えを抱けなくなっていた。


「これは絶賛されるわけだ」


 耕は∞・Dreamを評価しながらも引退を決意した。

 萎えたからではない。

 飽きたからではない。

 AIプレイヤーが嫌いだからでもない。

 AIプレイヤーに気づかないまま心を動かされていたのが、怖くなったからだ。


 ∞・Dreamはもはや一人だけの世界だ。

 全てをAIが管理するまやかしの理想郷と呼んでも過言ではない。


「結局、人間は嘘を信じるほうが幸せなんだな」


 みんながナビ妖精のようにAIであることを明示していたなら……

 耕は一瞬そう考えたが、根本的解決にはならないとすぐに自分の考えを否定した。

 比較することで得られる優越感は、本物の人間であるほうが望ましい。

 ましてや自分に合わせてスペックを下げてくるAIが相手では、優越感どころか劣等感を抱かされる。

 だからAIに描かれた理想が、まやかしだと気づかないことが重要だった。

 けれども耕は気づいてしまった。


 AIの描く世界はある意味で宗教と同じだ。

 本当にその理想を信じる者だけが幸福でいられる。

 だから耕は∞・Dreamを「神ゲー」と皮肉を込めて称えた。

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