第13話 聖女様に服を選ぼう

婦人服売り場。

色とりどりの服が並び、きらびやかな装飾が施された空間は、男の俺にとっては完全にアウェイな場所だ。

周囲は楽しそうに服を選ぶ女性客ばかりで、場違い感が半端ない。


「すごい……! なんてたくさんの種類のお洋服があるのでしょう……! それに見たこともないような物ばかりです……!」


リリアーナは、初めて見る光景に目を輝かせている。

だが、その興奮も束の間、いざ「好きな服を選んでいい」と言われると、途端に戸惑いの表情を浮かべた。


「ど、どれがいいのか……私には、さっぱり……」


これまで、自分の着る服を自分で選んだことなど一度もなかったのだろう。

ずらりと並んだ服を前に、彼女は完全に途方に暮れてしまっている。


「悠人様が、選んでくださいませんか……?」

「いや、俺に言われても……。女性の服なんて、選んだことないぞ」

「悠人様がお選びになった物なら、私は何でも喜んで着させていただきます」


そう言って、彼女はにこりと微笑んだ。その瞳には、一点の曇りもない、絶対的な信頼が宿っている。

――くっ、そんな顔で言われたら、断れないだろ。

俺は腹を括り、彼女の期待に応えるべく、生まれて初めて真剣に女性服と向き合うことにした。

清楚なワンピース、活動的なブラウスとスカート、カジュアルなパーカー。

彼女の驚異的なスタイルなら何でも似合うだろうが、やはり彼女の持つ清純な雰囲気を活かしたい。

散々悩んだ末、俺は白のブラウスに淡いブルーのフレアスカートという、王道かつ清楚な組み合わせを選び出した。


「これを、あの個室の中で試着してみてくれ」

「はい!」


リリアーナは嬉しそうに服を受け取ると、試着室の中へと消えていく。

数分後「悠人様、着替え終わりました」という声と共に、カーテンがシャッと開かれた。


そして、俺は言葉を失った。


そこに立っていたのは、もはや女神と見紛うばかりに美しい少女だった。

白のブラウスは彼女の清純さを際立たせ、ふわりと広がるブルーのスカートは、まるで彼女のために作られたかのように完璧に似合っている。男物の服を着ていた時とは比べ物にならない、本来の彼女が持つ輝きが、そこにはあった。


「……どう、でしょうか……? おかしく、ありませんか?」


不安そうに尋ねる彼女に、俺はしばらくの間、ただ見惚れていた。

ハッと我に返り、近くにいた店員さんを呼び止める。


「あ、すみません! これ、このまま着て帰ります!」


他にも何着か選んだ後、会計を済ませて店を出る。

先ほどまで俺の服を着ていた時も綺麗だったが、ちゃんとした女性服を身にまとった彼女と並んで歩いていると、その美しさが改めて際立つ。

道行く人が皆、振り返る。

本当に、この子は聖女様なんだな。俺は、その事実を改めて実感していた。

昨夜見た本物のロリババア女神様よりよっぽど女神様のようだ。


さて、と。

次に向かうのは、今回の買い物の最大の難関。

俺は、気が進まない足取りで、下着売り場へと向かった。


レースやフリルで彩られた、色とりどりの下着が並ぶファンシーな空間。

当然ながら、客も店員も女性しかいない。

男の俺が足を踏み入れるには、あまりにもハードルが高すぎる。


「……なあ、リリアーナ。悪いけど、ここからは一人で選んでくれないか?」

「えっ!? ですが、私には何が良いのかさっぱり……。お願いです、悠人様。ついてきてください……!」


潤んだ瞳で、袖を掴んで懇願される。

……断れるわけがなかった。

俺は周囲の女性客からの突き刺さるような視線に耐えながら、意を決して店内へと足を踏み入れた。

3サイズを本人も知らなかったので、まずは店員さんを呼んで測ってもらう。

その結果、B93/W58/H89という数値を教えてくれる。

たまげたなぁ……。

いやはや……たまげたなぁ……。


「それで、どれになさいますか、悠人様?」


知ってしまった数字に圧倒されていると、リリアーナが案内された売り場でこちらに振り向く。


「いや、だから俺が決めるんじゃなくて……」

「悠人様がお選びになった物なら、私は何でも着ます」


にこり、と。本日二度目の、絶対的信頼を込めた笑顔。

その言葉が、近くで下着を選んでいた他の客の耳にも入ったらしい。

「えっ……?」という、ドン引きの視線が突き刺さる。

やめろ、そんな目で見ないでくれ。これは不可抗力なんだ。


「わ、わかったから! とりあえず、これで!」


羞恥心と罪悪感で軽くパニックになった俺は、手近にあった商品を適当に掴んで彼女に渡した。

それは、黒いレースをふんだんに使った、布面積のやけに小さい、殆ど紐のような代物だった。


「まあ、これが悠人様のお選びになった下着なのですね。では、早速試着してまいりますね」

「ち、違う違う違う! これじゃない! 断じて違う!」


笑顔で試着室に向かおうとするリリアーナを必死で引き止め、商品を元の場所に戻す。

深呼吸をして、冷静になれ、俺。

これは任務だ。聖女様に、まともな下着を選んで差し上げるという、国家レベルの重要任務なんだ。

妙なものを選んでみろ。即打首と思え!

俺は、色とりどりの商品を眺めながら、真剣にリリアーナに似合う下着を吟味し始めた。

白か、ピンクか、水色か。彼女の清らかな肌には、どんな色が映えるだろうか。

……気づけば、俺はリリアーナの下着姿を想像しながら、商品を吟味していた。

罪悪感で死にそうだ。


必死の思いで、何とか清楚で健全そうなデザインの下着を数点選び出し、その値段の高さに軽く眩暈を起こしながらも、俺はリリアーナにそれを手渡した。


「ありがとうございます、悠人様」


彼女は恭しくお辞儀をすると、今度こそ試着室の中へと消えていった。

俺は、まるで大仕事を終えたかのように、その場にへたり込みそうになるのを堪え、試着室の前で壁に寄りかかって待つ。

精根尽き果てた……。


数分後、シャッ、と勢いよくカーテンが開く音がした。

終わったのか、と俺がそちらに顔を向けると、そこには――。


「どうですか、悠人様? 似合いますか?」


にこやかな笑顔でスカートをたくし上げ、俺が選んだばかりの淡いピンク色の下着を穿いた姿を、惜しげもなく披露してくるリリアーナの姿があった。


「ぐふっ!?」


俺の脳は、あまりにも刺激的なその光景に鼻の奥がツンとして頭がショートした。

視界がぐにゃりと歪み、俺はその場に崩れ落ちる。


「ゆ、悠人様!? どうかなさいましたか!?」


駆け寄ってくるリリアーナと、俺の叫び声を聞いて店員さんが慌てて駆けつけてくる。


「だ、大丈夫です! お騒がせしてすみません! それより、お会計! お会計お願いします!」


俺は真っ赤な顔で、床に倒れたまま絶叫した。



同じサイズで複数のカラーを合わせて会計を終え、一番の目的だった洋服一式を手に入れた俺たちは、通路のベンチで休憩していた。

俺はまだ、さっきの衝撃から立ち直れていない。


「悠人様、本当に大丈夫ですか? 顔色が優れませんが……」


心配そうに俺の顔を覗き込むリリアーナに、俺は真剣な顔で向き直った。


「リリアーナ。さっきみたいなことは絶対に、もう二度とやらないでくれ」

「ですが、悠人様が選んでくださったのですから、似合っているかご確認いただかなければと……」

「確認しなくていい! いいから、人前で肌を見せるもんじゃない!」


俺は、ずっと感じていた違和感について、おずおずと尋ねてみることにした。


「なあ……。その、子供がどうやって産まれるか、って……知ってるか?」

「はい、もちろん存じております」


リリアーナは、当然といった顔で頷くと、胸の前で両手を合わせた。


「心から愛し合う男女が手を繋ぎ、女神様に愛を誓い合うのです。そうしますと、女神様がその愛に応え、女性のお腹の中へと新しい命を授けてくださるのです」


……そうか。

俺は、全てを理解した。

彼女の数々の無防備な言動。羞恥心の欠如。異性への警戒心のなさ。

その原因は、全てこれだったのだ。

聖女として籠の中の鳥のように育てられた彼女は、人を疑うことを知らず、男女間の機微や正しい性の知識も一切教えられないまま、今日まで生きてきた。

その方が、国にとっても彼女を「穢れを知らず、政権を疑うこともない清らかなる聖女」として利用しやすかったのだろう。


この子は、本当に何も知らないんだ。


俺は、目の前で「何かおかしなことを申しましたか?」と不思議そうに首を傾げる、純粋無垢な聖女様を見つめた。

魔物や盗賊はいない。だが、もっと狡猾でタチの悪い悪意は、この世界にも確実に存在する。

そんな世界で、この子を守りながら生き方を教えていくのは、想像以上に大変なことになりそうだ。

俺は遠い目をしながら、そう思うのだった。

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