第2話 始まりと温もり

僕の最初の記憶は、誰かに抱かれている温かい感覚だった。


その時、僕はまだ赤ん坊だったらしい。


ガルドルフ村の入り口、国境へ続く細い街道の脇にある、大きな菩提樹の根元。そこに、僕は布にくるまれて捨てられていた。


夜明け前、まだ霧が村を覆っている時間。村長のガルドルフ爺さんが、朝の日課である散歩に出て僕を見つけた。


「おお、これはこれは。朝から縁起の良い……いや、これは困ったぞ」


のほほんとしたガルドルフ爺さんが、困りながらも僕を抱き上げたとき、最初に感じたのは、僕の身体を這い上がってくる微かな力だった。


それは、爺さんが歩いた足元で踏み潰されて死んだ、小さな虫の魂だった。


僕はその時から、死んだ魂を食らう異質な存在だった。しかし、当時の僕にそんな倫理観などあるはずもなく、飢えた本能に従い、流れ込んでくるその微かな力をただただ享受していた。


ガルドルフ爺さんは何の変化も感じなかっただろう。その証拠に、爺さんは優しく僕を胸に抱き、村へと連れ帰ってくれた。


それから数時間後。村人たちが集まり、泣き止まない僕にヤギの乳を与えてくれた。


ヤギの乳そのものが、僕の飢えを満たすことはない。だが、僕はその乳の温かさの中で、周囲の優しさに包まれるという、魂とは別の、心の安堵を初めて知った。


同時に、乳を運ぶ途中で不運にも命を終えた、小さな虫の魂や、刈り取られた野草の微細な魂が僕の体に入り込んできた。


その微細な魂の供給こそが、僕を飢えから救う、何よりも確かな糧だったが、僕はその優しさと魂が同時に与えられた瞬間を、「生きるための温かい何か」だと、幼心に強く記憶した。


村人は、僕が捨て子であることに驚きはしたが、悲しんだり疎んだりする者はいなかった。ここは、そういう温かい村だった。


ガルドルフ爺さんは、僕の黒い髪と黒い瞳を見て、「まるでこの国とは違う異国の子供のようだ」と言い、そして僕を最初に拾った時に感じた強い生命力を買って、「ソウル」という名前を与えた。


僕の人生は、その日、ガルドルフ村で、優しさと微かな魂に満たされて始まったのだ。


ソウル、という名前は、すぐに村中に浸透した。


僕が三歳になる頃には、僕は村中を歩き回り、特にユーノお姉さんを追いかけることが日課になっていた。


当時十三歳のユーノお姉さんは、家のお手伝いをしながら、いつも僕を抱きしめて遊んでくれた。彼女は僕の数少ない記憶である「母親代わり」の役割を、幼い頃から担っていた。


「ソウル、早くユーノお姉さんを捕まえてごらーん!」


畑仕事の手伝いをしていたユーノお姉さんが、水汲みの途中で僕をからかいながら走る。その姿を追いかけるのが、僕の毎日の楽しみだった。


ニートのガルド兄さんも、当時十三歳の。大人になるにはまだ早い年齢だったが、ユーノお姉さんに良いところを見せたい一心で、僕の遊び相手を積極的に務めてくれた。


「ほら、ソウル。これが蒸気機関だ!」


ガルド兄さんは僕が簡単に教えた知識を使って、竹筒と鍛冶屋のゾッドおじさんから盗んだ銅線を使い、お粗末な蒸気機関の模型を作っては僕に見せていた。


「ガルド兄さん、竹の節で圧力を高めるよりも、銅線と銅板で密閉した小さなシリンダーを使った方が、多分、もっと力が逃げないよ」


三歳の子供が発する言葉としては、あまりにも不自然だ。ガルド兄さんは僕の言葉に目を丸くし、ゾッドおじさんは「何を訳の分からんことを」と一蹴した。だが、ユーノお姉さんはただ微笑んで、僕の頭を撫でてくれた。


「ソウルは物知りだね!将来は賢者さんになるのかな?」


ユーノお姉さんのその言葉は、僕にとって何よりもご褒美だった。そして、僕が「僕の知識は、この村ではおかしいものなんだ」と自覚する、最初のきっかけでもあった。


僕は、優しさで包まれたこの日常を守るため、そしてこの温かい魂の糧を失わないため、自分の能力と、頭に詰まった異質な知識を、少しずつ隠すことを覚えていった。


三歳の冬。村の裏手で小さな草が枯れていた。


僕は、その最後の吐息のような魂を吸収しながら、その冷たい枯れ草を、静かに土に埋めてやった。

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