第4章 眠れる兄2

兄さんが倒れてから、1週間が経った。


兄さんは依然として意識不明のままだが、

病状は安定しており、ICUから一般病棟へ移った。


酸素マスクや点滴、モニターこそついているものの、

ICUほどの緊迫感はない。


静かに横たわる姿を見ているだけで、

胸の奥が締めつけられる。


声をかけたいのに、喉が詰まり、言葉にならない。


***


病院での生活は、想像以上に現実的で、そして厳しかった。


意識不明の家族を見守るとき、

やらなければならないことは山ほどある。

面会時間を調整し、医師や看護師から説明を受ける。

入院費や治療費の支払い、保険手続き、必要書類の提出……。


兄さんの容態や治療方針については、家族が情報の窓口となる。

細かな説明を受け、時には判断を迫られる。


どんな薬を使うのか。

どんな検査や処置が必要なのか。

今後の予後はどうなるのか──。


自分の知識不足が、苛立ちと不安を増幅させた。


***


経済面も大きな壁だった。


長期入院で医療費は膨らむ。

私のバイト代だけでは到底足りず、

兄さんの給与や貯金まで含めてやりくりしなければならない。


生活費の確保、病院までの交通費、必要な衣類や日用品……。

どれも無視できない出費だった。


家族とは絶縁状態にある。

兄さんの世話を頼れる人は他にいない。


兄さんを支えられるのは、私だけだった。


その事実が、孤独と重圧をさらに強めていく。


***


幸い、

兄さんには会社から一定の保障や支援があると聞かされた。

労災認定や休業補償、健康保険の傷病手当金などで、

給与の一部が補填されるらしい。


ただし、手続きは複雑で、条件も細かい。

会社の人事や総務と連絡を取りながら進める必要があった。

上司や同僚が大まかな段取りをしてくれていたが、

細かい調整は私の役目だった。


それでも私は、兄さんのそばに居続けるしかない。

呼吸のリズムを確かめ、モニターの心拍の波を見つめながら、

ただ無事を願った。


***


ふと、胸の奥に重く沈む感情が湧き上がる。

孤独、恐怖、無力感──。


もし私が倒れたら、兄さんはどうなるのか。

もし治療がうまくいかなかったら、

私はどうやって生きていくのか。


そんな最悪の想像が、心の隙間から忍び寄る。


それでも、絶望だけではない。

わずかな希望が、なんとか私を支えていた。


目を閉じ、兄さんの手の温もりを思い出す。

その微かな記憶が、荒れた心をそっと落ち着かせる。


「……どうか、目を覚まして」


小さく、心の中で何度もつぶやいた。

不安と希望が胸の奥で絡み合い、

まるで生き物のように蠢く。


現実は冷たく重い。

それでも、私は希望の灯を手放さない。

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