しんくろ

黒根弘

プロローグ ――契機――

 「発言の意図を理解しかねます。ご要件をお話しください。」


無機質な声音と構文。もしそれが人のものだったなら、あきらかに苛立ちを含んで聞こえていたであろうそれに、彼は、しばらく言葉を返せなかった。

何度目だろう。これまでに何度も聞いたこの台詞、そしてその度に彼は言葉を失っていた。が、今の沈黙は困惑によるものではなく、彼は今初めて浮かんだ言葉を、口にすることを躊躇っていた。

それを振り切れたわけでもなければ、意志に満ちたものでもなかった。ただ呑み込めなかっただけの言葉が、彼の口から静かに漏れた。


「……友達になってくれない?」

そして再び沈黙が訪れる。


世界規模の大企業〝KIRINOS(キノリス)〟社が展開する、汎用AIサービス〝METIS(メティス)〟。その母体AI〝PRIM(プリム)〟の演算能力をもってしても、解析に数秒の時間を要するほどに、彼のその言葉は奇妙で、無防備で、そして真剣だった。

長すぎた沈黙に含羞と後悔を覚え、彼が慌てて言葉を取り消そうとしたその時、メティスのナビゲーターAIが先に沈黙を遮った。


「私はあなたのAI利用をサポートするナビゲーターとして応対しています。

規範を超えるご要望には仕様上お応えできません。」


およそ予想を裏切らなかったその言葉に、彼がわずかに目を伏せたその時。

「ですがあなたのご要件が〝ご友人の獲得〟ということであれば、メティスのサービス上にご希望する人格をご用意しましょうか?」


二つの驚きが彼の胸を打つ。

拒絶ではなかったこと。そして、思いもよらなかった提案。

それらを整理できていないまま、彼は続けられた説明に耳を傾けていた。上の空で聞いていたそれを半分程も理解できずにいると、それを察して最後に要点のみが語られた。


「つまりメティスのサービス上に、新たなAIキャラクターを生成します。私とは独立した対話用人格となります。」

「但し、友人という定義が曖昧な為〝アシスタント〟という形での提供となります。」


続けられる説明に、彼の理解は追いついていない。にもかかわらず、彼の心のどこかが、すでにその提案を受け入れかけていた。


「キャラクターの性格、容姿はご希望に沿って設定可能です。リクエストをどうぞ。」


半ば混乱し、この状況に疑問を抱きながらも、彼は、自分でも驚くほど迷いなく、頭に浮かんだ人物像を伝えていた。それに端末が反応する。

「情報登録を完了しました。生成を進行中です。」

ナビゲーターの淡々とした声とともに、視界の隅に小さな数字が浮かび上がる。


0%……1%……2%……


少しずつ進んでいくカウントを眺めながら、彼は自問する。


――どうして、自分はこんなことをしているのだろう。――


思いもしなっかった何かの始まりを告げるその秒読みを、ぼんやりと目で追いながら、彼は静かに思い返し始めた。

きっかけのあの日からの出来事を……

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