第33話『光の号令』

光柱の中心に立つリュオスは、ほんのわずかに首を傾けた。


その仕草だけで、戦場の空気が変わる。



ネヴラの黒い神気が、再び大地を満たし始めていた。


ゆらりと立ち上る黒霧が、草の色を奪い、土の影を薄くし、空気そのものを濁らせていく。


だが──


リュオスは静かに微笑んだ。


「……さて。少しばかり楽しむとするか。」


その柔らかい声が戦場を満たした瞬間、黒霧の流れが“止まった”。


吸われかけていた神気も、草の揺れすらも、一度ぴたりと止まる。


ネヴラが外套をわずかに揺らした。

顔は上げない。

だが、その反応は警戒の色だった。


“異変を察した”というより、“本能が危険と告げた”ような、そんな揺らぎ。


リュオスはその変化に興味すら示さず、ゆるりと振り返った。


視線の先には──


血を流しながらも立ち続ける五人の神子。



全員が満身創痍。

それでも──その目だけは死んでいない。


リュオスは静かに言った。


「おぬしら──目の前の玩具がんぐに集中せい。」


ただ一言。


だが、その音が落ちた瞬間、五人の胸の奥で“何か”が剥がれ落ちた。


重さ。恐怖。焦燥。

理由の分からぬ圧迫感。


それらがすべて──霧散する。


ライゼルの雷が鋭く走り、ガルザスの大地が唸り直す。

ルナリアの影が深く沈み、リュミエルの光が大きく鼓動し、セリオスの視界が澄みわたる。


力が戻ったのではない。

“心”が立ち直ったのだ。


ガルザスが低く笑う。


「言うじゃないか、太陽の神子!」


ライゼルは肩を鳴らし、


「玩具、ねぇ……なら壊すだけだろ!!」


と雷を爆ぜさせる。


ルナリアは影を握りしめ、


「……これなら戦える!」


と深く息を吸った。


リュミエルは涙を拭い、小さく頷く。


「うん、大丈夫!いける……!」


セリオスは目を閉じ、未来視の波が整っていくのを感じた。


「……視える!」


五つの戦線に、再び火が灯った。


その変化を敏感に察したのか──


神将級の五体も動きを変える。


だが、先ほどまでの“押される感じ”はもうない。



リュオスはその光景を背に、ネヴラへ顔を向けた。


光が揺れ、外套が静かに翻る。


「さあ……始めるとしようか。」


次の瞬間──


光が弾け、ネヴラの黒い外套がわずかに後ろへ押し返される。



戦場が再び動き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る