第15話『降りる“影の手”』

森での“足跡”を確認してから数日。

王都オルディスの空は晴れているのに、どこか落ち着かない空気が漂っていた。


ガルザスは外周の地脈ちみゃくを感じ取りながら言った。


「……大地がたわんでる。まるで、上から押されてるみたいだ。」


「またかよ……」


ライゼルが空をにらむ。


「上から何かしてんのか?」


リュミエルは胸元の光草ひかりぐさを見る。

今日の光は揺れも濁りもせず、ただじっと沈んだままだ。


「……動かない。これ、神気が強すぎると逆に“凍る”んだよ」


「つまり、近いってことだな」


ガルザスが低い声で続ける。


そのときだった。


空間が、裂けた。


だが今回は──


裂け目は開ききらない。

黒い亀裂が空に浮いたまま、その中から“手”のような影がゆっくりと伸びてきた。


形は曖昧。

霧のような、影のような。

しかし“存在そのものが重い”。


リュミエルが叫ぶ。


「やだっ、来る!!」


ガルザスが前へ出て構える。


「影なら砕く!」


拳に大地の神気をまとわせた瞬間──


影の手が、地面に触れた。


触れた“だけ”なのに、大地が沈み、ひび割れた。


「はっ!?何だよこれ!?」


ライゼルが後ずさる。


セリオスが冷静に分析を始める。


「……これは“本体”じゃない。向こう側からわずかに神気だけを伸ばしてこちらに“触れようとしている”。」


リュミエルが震える声で続ける。


「本体じゃないのに……これ、力が強すぎる!」


影の手が、ゆっくりとガルザスへ向けて伸びた。


ガルザスは拳を構え直す。


「負けない……来い!」


影が一気に迫る。


ズドォォン!!


衝撃波が弾け、ガルザスは後方へ数メートル押し流された。


「くっ!!押されるっ!?」


影の手は無感情。

ただ押し潰すだけの“圧”だった。


ライゼルが雷を纏いながら叫ぶ。


「やべぇ、本体の神将級とかどんだけ強いんだよ!」


セリオスは周囲の揺れを読み取り、声を張る。


「落ち着け!これは“影”だが反撃は可能だ!」


ガルザスが立ち上がり、拳を握りしめた。


「ああ、これは本気を出す価値がある!」


地が隆起し、岩の鎧が彼の腕を覆う。


「行くぞ!!」


ガルザスが影の手に向けて拳を振るう瞬間──


影の手はふっとかすんだ。


「……え?」


リュミエルが息を呑む。


「消えた?」


裂け目は閉じ、影の手は霧のように散り、跡形もなく消えた。


ガルザスは拳を下ろす。


「……逃げたのか?」


セリオスは首を横に振った。


「違う。いよいよ“降りる準備が整った”から、一度引いただけだ。」


リュミエルが光草を握りしめる。


「じゃあ……次は?」


セリオスは空を見上げた。


「……次は、“本体”が来る。」



ひび割れた地面を一度だけ見やり、五人は静かにその場を離れた。

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