第6話
金色の扉が、ひとりでに静かに開いた。 きしむことも、風が鳴ることもない。 まるで、長年まちわびていた客を迎えるかのように、 柔らかな気配だけがふわりと漏れ出した。
はやとは一歩店内へ足を踏み入れる。
そこは――驚くほど静かだった。
しかし、静寂は重くない。 むしろ、図書館の中のように落ち着く静けさだった。
店の奥へ視線を向けると、 壁一面に時計が並んでいた。
時計といっても、普通の時計ではない。
透明な丸い筒の中でゆっくり水が逆流するもの。 砂時計の砂が、落ちるたびに色が変わるもの。
まるで星空の一点を切り取ったように光る文字盤の時計。
形も音も、どれひとつとして同じではない。
どの時計も共通して “決して急がない”という雰囲気をまとっていた。
「ようこそ。」
柔らかな声がした。
はやとは思わず肩をビクッとさせ、小さく振り返る。
そこには―― 大きな時計の振り子の横に、 背の高い、細身の店主が立っていた。
だが、その姿はどこか特徴を掴みにくい。 輪郭が柔らかく、 光の中で少し揺れて見える。
服装はシンプルなロングコート。 色は深い紺色で、その表面が夜空みたいに微かに光っている。
顔立ちははっきり見えないのに、 なぜか“優しそうだ”と分かる。
「ゆっくりでいいよ。」
店主は、ふんわりとした声で言った。
「ここに来る人は、決まって少しだけ疲れているからね。」
その言葉に、はやとは息を飲む。
「……疲れてる、って……そんな風に見えます?」
店主は軽く笑ったようだった。 振り子が、コトン、と穏やかに音を立てる。
「見えるというより、分かるんだよ。 ここはそういう場所だからね。」
その言葉は押しつけがましくない。 ただ事実だけを温かく伝えるような、落ち着いた響きだった。
「ここって……時間を巻き戻す店なんですか?」
聞くと、店主は静かに首を縦に振る。
「ええ。 ただし、戻すのは“あなたの時間”そのものじゃない。」
店主は壁にかけられた、小さな銀の時計を手に取る。
その時計の針は、ゆっくり回りながら、 時おり少しだけ逆方向に跳ねる。
「戻せるのは―― あなたが忘れてしまった “気持ち” の方なんだ。」
はやとは軽く目を見開いた。
店主は続ける。
「人は、時間そのものよりもね。 “あのときの温度”とか、“あの瞬間の息づかい”とか、 そういったものを失うほうがずっと寂しいんだ。」
言葉が胸の奥に落ちていく。
確かに、戻りたいわけじゃない。 “あのときの気持ち”を思い出したいだけで。
店主は透明な机の上に小さな箱を置いた。 箱は淡い光を帯び、中で細やかな粒子がゆっくりと回っている。
「君には、少しだけ巻き戻せる気配がある。 必要なら、覗いてごらん。」
はやとは息を呑む。 胸が少しだけ、なぜかきゅっとなる。
「覗いたら……どうなるんですか?」
店主はほんの少しだけ微笑んだ気がした。
「失ったものが返ってくるとは限らない。 けれど―― 思い出すだけで、前に進める感情もある。」
そう言った瞬間、店内の時計たちが一斉に ゆるりと同じリズムで“コトン”と鳴った。
まるで店全体が、 はやとの訪れを肯定している。
はやとは小さく息を吸う。 箱の光は強すぎず、弱すぎず。 どこか懐かしい色をしていた。
案内人が足元でふわりと光り、 “だいじょうぶ”と告げるように揺れた。
喉を鳴らし、 そっと箱のふたに触れた。
柔らかく、あたたかい感触。
――そして、光が広がった。
機嫌の悪いパレード 星屑少年 @kobby64
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