第5話

光の案内人は、はやとの少し前をふわりふわりと進んでいった。


その動きは、風に揺れるランタンのようで、見ていて飽きない、優しいリズムだった。


案内人に導かれて進むと、町の中心部は自然と近づいてくる。
道は緩やかに曲がり、そこで景色がぱっと開けた。


はやとは息をのむ。

そこには、不思議な商店街が広がっていた。


まっすぐ伸びた通りの両側、
軒を連ねる店はどれも個性的で、けれど統一感があった。


ひとつひとつの店から、柔らかな光がこぼれている。
どの光も色が違っていて、まるで通り全体が虹色の薄い膜に包まれているようだった。


歩くと、ふわりと甘い匂い、
次にスパイスのような香り、
そして懐かしい紙の匂いが混じり合って漂ってくる。

不思議なのに、どこか親しみのある商店街。


案内人は、丸い小さな身体で振り返り、
はやとに“どうぞ”というように少し身を傾けた。

ゆっくりと一歩踏み出す。
すると、足元の石畳がかすかに淡く光った。
そこに込められているのは、歓迎の意だった。


「……なんか、いい場所だな」


通りの最初に見えたのは、瓶ばかりが並ぶ店だった。
店先には“音の瓶詰め屋”と書かれた札が、風に揺れている。


扉が開いているわけではないのに、
中から微かに鳥のさえずりが聞こえてきた。


「音が……売ってるのか?」


思わずつぶやくと、瓶のひとつがぽん、と軽く揺れた。
まるで、「そうだよ」と肯定してくれたようだった。


隣には、紙だらけの店がある。
棚という棚に、無数の紙切れが並んでいた。
全部、手紙のように見えた。


「記憶のおすそ分け屋」


札にはそう書かれている。
中からは、優しい笑い声が小さく響いた気がした。
温かくて、安心する音色。


その先の店は、店主らしき姿は見えないが、
布や糸、光の繊維のようなものが色とりどりに飾られている。

「形のない服屋」
と書かれていた。

服がないのに服屋。
でも、その光の糸を見ているだけで、なんとなく心が軽くなる。


他にも、


・色だけを売っている店
・匂いを調合してくれる露店
・夢の断片のようなものが飾られている小屋
・歩くたびに響き方が変わる楽器屋


歩くほどに、商店街は優しく広がっていった。

胸の奥からじわじわと湧き上がる感覚に気づく。


――ああ。
ここは、寂しさが溶けていく場所なんだ。


光の案内人が、はやとを振り返り、
小さくふるふると震えて合図をした。


“こっちへ” と言うように。


案内人が導いた先には、
商店街の中心に位置する小さな広場があり、
その中央に、ひときわ目を引くお店があった。


大きな古時計の形をした店。
店全体がやわらかい金色の光を帯びている。


扉には、丸みのある字でひっそりと書かれている。



《時間を少しだけ、巻き戻す店》



はやとは思わず立ち止まった。
胸が静かに熱くなる。


案内人は、ぽん、と小さな音を立てるように柔らかく光り、
まるで言っているようだった。



“ここが、あなたが見たがっていた場所ですよ”



はやとは喉が少しだけ鳴るのを感じた。


「……巻き戻す?」


呟いた声は、商店街の光に吸い込まれるように消えていった。

そして、金色の扉が――
はやとが触れるより先に、静かにゆっくりと開きはじめた。

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