4.誰が記憶を失わせたのか


 ソラは背中に背負った剣の重みをひしひしと感じていた。未だに自身がロロを打ち負かしたことが信じられなかった。


あまり記憶は定かではないが、まるで体が的確な動きを知っているかのように反応した。一体、自分が何者なのか少し怖く感じる。


 そんなソラの心情なんか知る由もなく、ロロとアーチェの二人は行き先について、少し揉めているようだった。もう何度目の揉め事か分からない。二人は仲が悪いのかと、勝手に思っていたが、どうやら二人は仲が悪いのではなく単なる喧嘩友達のようなものかもしれない。


 話を聞くに、西か東のどちらに行くか揉めているようだ。


「だからさ、俺は西の方がいいと思うわけ」


「なんで、東にするべきだよ」


 アーチェはロロに反論した。


「東は他の多くの探検隊も行ってたろ。被るのが嫌なんだよ。西なら行く奴も少なかっただろ」


「僕が思うにみんなが東に行くってことは、東側になにかメリットがあるんじゃないかと思うんだ」


「そんなの、同調現象だろ。コンフォーミティだ」


「それを言うなら、ロロのその逆張りだってスノッブ効果だよ」


 二人は理由の分からない言葉を使っており、何の会話をしているのかあまりよく分からないが、このまま放っておいたら夜になってしまいそうだ。しかし関わるのも気が引ける。少し離れたところから、遠い目で二人の様子を見つめる。 


 しかし、なかなか収まる気配はなかった。冷静なアーチェと短気なロロではよく意見がわかれる。


「もう話になんないよ。ロロは、馬鹿すぎる」


「馬鹿って言う方が馬鹿だろ! もういい、ソラ。多数決だ。決めてくれ」


「え、私が?」


「いいね、そうしよ!」


 アーチェも同調すると、アーチェは東側にロロは西側に立った。必然的に二人の真ん中に再度挟まれることになる。


「さぁ、ソラ。行きたい方を選んでね」


「えー」


 ソラは二人の顔を交互に見た。アーチェは当然東側がいいと言わんばかりだ。向かいのロロもお前は当然こっちを選ぶよなという考えが透けて見える。


 東側はロロとアーチェの会話から比較的安全である確率が高そうだ。しかし探検隊を競う相手ともロロは言っていた。それなら競う相手が少なそうな西側を選んだ方がいいというロロの意見も理解できる。


 しかしどちらを選んでもなにかしらの障害がありそうだ。それならば、安全な可能性が高い方を選んだ方が良い。


「えっと。じゃあ、じゃあ私は――」


「「……」」」」」


 言いにくい。二人の期待にこもった眼差しが痛い。しかしもうどちらにするかは決めたのだ。今さら考えを曲げるわけにはいけない。


「私はその……東! 東がいいと思う」


ソラは東側の道を指差した。


「よし!」


「ちぇ、俺じゃないのかよ」


 そんな二人の様子を見て、失敗したかと肩をすくめた。どちらにもいい顔をするのは難しいものだ。しかしできれば安全を考えて東の道を行きたい。他の隊が通った道の方が安全だろう。


「他の隊はかなり進んでるよね」


「まぁ、俺達は昨日足止めを食らったからな」


 ロロの発言を聞いて、ソラは落ち込んだ。しかしここで立っている方が余程、時間の無駄遣いである。そんなソラの様子を見て、ロロはなにかを思いついかのように、ニヤリとした。


「じゃあ、急ごうぜ。走るんだ」


 ロロは東に向かって走り出した。いきなりのことに、ソラは慌てて追いかける。


「負けたやつは昼のご飯担当な」


「ロロのご飯、不味いから勝っても嬉しくないんだけど」


「うるせぇ」


 アーチェが文句を言いながら、追いかけて来る。木々の境目からは少し海が見える。ここは隔絶された地なのだ。


 アーチェは思っていたよりも、足が早く、体力があったようでしばらくするとソラと並走していた。ロロはいつの間にか一番後ろになっていた。アーチェが取り出した地図には足を進めるたびに大陸が刻まれていく。不思議な地図だ。刻まれた大陸を見ているとこの地がどれだけ広いのかが分かる。


 しばらくそうして走っていただろうか、ロロが突然、声を上げた。


「ソラ、伏せろ!」


 その声にただ事ではないと感じ取ったソラは隣のアーチェを抑え込んで、地面に突っ伏した。髪の毛が少し切れたのを感じる。


 木々の中から大蛇がソラ達を食べようと身を乗り出してきたのだ。こんなに大きな蛇は見たことがなかった。


 瞬きをする間に大蛇の鱗が変色していく。その様子はまるでカメレオンのようだった。赤い目は獲物を仕留めようとしてギラギラと光り輝いている。


 森の緑色に溶け込んでいたため、気が付かなかった。気配も全く感じなかった。


「そのままじっとしてろ!」


 ロロはそう叫ぶと、跳躍した。剣を構え、大蛇を両断しようとする。しかし剣は簡単に弾かれてしまう。大蛇の鱗は硬く、刃を通さない。ソラも立ち上がって、剣を引き抜こうとしたが、それを見たロロは首を横に振った。


「負けてたまるか。黙って俺の雄姿を見届けるんだ」


 ロロは威勢よく声を荒げると、大蛇の体を思いっきり蹴り飛ばした。その勢いで空中に跳ね上がると、刃を真っ直ぐに大蛇の体に突き刺す。


 少し刃が通ったようで、大蛇は悲鳴を上げると、ロロを振り落とそうとした。


「なにやってんのさ。鱗の境目を切るんだよ」


 アーチェは既に立ち上がり、ロロに行動に苦言を呈している。


「そんなのどこか分かんねぇよ」


 ロロは剣を大蛇の体に突き刺したまま、大蛇に思いっ切り振り回されている。


「ソラはここにいてね」


 アーチェはソラの横から走り出すと、ブーメランを両手に構えた。そのまま滑るように大蛇の下に体を潜ませると、両手からブーメランを投げ飛ばした。


 二つのブーメランはカーブを描き、予想外の方向に飛んでいくかと思いきや、しっかりと大蛇の首を綺麗に切断した。


 大蛇が倒れ込み、その反動でロロも地面に投げ出された。アーチェは血にまみれた二つのブーメランを体幹を整えたまま、手でキャッチする。ロロが地面から這い上がった。


「危な。おい、手を出すなって言ったろ。俺に当たったらどうするつもりだったんだよ」


 ロロは立ち上がると、悪態をついた。アーチェは血を振り払いながら、首を鳴らした。


「だって、手を焼いてる感じだったから。鱗はニ方向からの攻撃で簡単に切断できるんだよ」


「ふん、俺はもうすぐその理論に辿り着きそうだったんだ。余計なことしやがって」


 ロロは大蛇の首をしげしげと眺めた。その首は一見、命を失っているかのように見えるが――。


 ソラは大蛇の首に向かって自身の剣を投げた。動き出し、ロロに齧り付こうとした大蛇の頭にそれは突き刺さる。


 今度こそ絶命した大蛇は声を上げてその場に倒れ込み、動かなくなった。


「危機一髪だったね」   


 アーチェがやれやれと首を振った。


「サンキュー、ソラ」


「ちょっと、僕にお礼はないの?」


 素直にお礼を言うロロにアーチェは、不満そうな顔を浮かべた。ロロはソラの剣を引き抜くと、こちらに向かって投げてきた。


 見事なコントロール力だった。ソラはそれを受け取ると背の柄に剣を戻した。


 ロロは大蛇をまじまじと観察し始めた。


「これ、食えるかな」


「毒があるかもしれないよ」


 アーチェは少し嫌そうな顔をした。そんな二人の姿を遠くから見ていると先程まで、仲違いをしていたとは到底思えなかった。


 少しだけ感じていた違和感がだんだんと大きくなってくる。ロロは離れた位置にいるソラに対して、的確に剣を飛ばしてきた。


 そしてブーメランを武器にしているアーチェはキャッチをすることがなによりも上手なはずだ。


 二人は本当に木の実を外したのか。不気味な想像をしてしまったソラは自分自身に言い聞かせるかのように、首を横に振った。


 そんなはずはない。あれは単なる事故だったのだ。こんなに良くしてくれている二人をそんなふうに疑うなど、一瞬たりとも許されないことをした。このことは綺麗さっぱり忘れてしまおう。


 ソラは二人の元に歩き出した。




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ここまで読んでくださってありがとうございます!

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次回もよろしくお願いします。



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