2.失われた記憶と未知の大地


 

 ソラの言葉に空気が凍りつく。


 永遠に感じられるその沈黙を破ったのはロロだ。彼は困った様子で腕を組み、目を瞬かせる。彼の左目は髪に隠れていて、見えないが右目は綺麗なアメジスト色だった。


「まじか」 


 ロロの声が響く。


 ロロは木に片手を押し当て、額を抑えながらソラに近づく。両肩を強く掴み、少し乱暴にソラの体を揺すった。


「どういうことだよ。記憶取り戻してもらわなくちゃ、困るぜ。本当に思い出してもらわないと」


 ロロの眼光が鋭く光る。それを見て、金髪の少年はふるふると首を振った。


「止めてよ、ロロ。きっと僕のせいだ。僕が木の実を受け取らなかったから」


「そうだ、アーチェ。元はと言えばお前のせいだ。お前のキャッチミス!」


 ロロは地面に転がる不思議な木の実を手に取る。見る角度で色が変わるその実の美しさに、思わず目を奪われそうになる。白い鳥といい、見るもの全てが目新しい。


「これ、もう一回ぶつければ治るんじゃないか」


 ロロが木の実を持ち上げると、ソラは咄嗟に身構える。その発言を聞いたアーチェは焦った様子になった。


「それはダメだよ。僕だって医者だ。そんな荒療治じゃ治らないことは分かってる!」


 アーチェは細身の体に護身用の武器を身につけているだけで、戦闘向きではなさそうだった。遠距離での護身用だろう。ソラはあまり武器に詳しくないが、恐らく、ブーメランではないかと思われる。


「その医者が患者を増やしてるんじゃわけないぜ」


「ロロ、今は争ってる場合じゃ――」


「いーや、ここは責任の所在をきちんと明白にしておかないとな」


 二人の間にピリピリとした空気が漂う。ソラは立ち上がる。痛みはないが、体がフラフラする。頭を打った影響かもしれない。このまま二人を放っておいたら、喧嘩が始まりそうだ。


 知らない二人とはいえ、喧嘩をみすみす、見ているわけにはいかない。


「あ、あの、け、喧嘩は辞めたほうが――」


「あ、ああ! そうだよ、ロロ。今は彼女の検診をした方がいい」


 アーチェが駆け寄り、ふらつくソラの体を支えてくれた。立っているのがだいぶ楽になる。それを見たロロは舌打ちをした。


「さっさとうちのリーダー様を治してくれよ」


 ソラは体を支えられるまま、木を背もたれに座った。頭を打ったせいか、目が重くなってくる。ソラはいつの間にか、寝てしまっていた。


***********************



 二度目に目を開けたときには、夜になっていた。焚き火の近くに毛布をかけられていた。


 肉の香ばしい匂いが鼻を刺激する。俯いて肉を焼いていたアーチェは、ソラの目覚めを見て嬉しそうに微笑んだ。


「あ、ソラ。目が覚めたんだね。食欲はある?」


 生き物の原形が残る肉を差し出される。ソラは震える手でそれを受け取った。まだ本調子ではない。お腹が満たされれば、少しは良くなるのかもしれない。


「ありがとう」


 ロロは背を向け、手を振る。ソラは二人に挟まれた形で座る。


 肉は焼けたばかりで美味しそうだ。ソラはそれに勢いよくかぶりついた。しかし肉を口にしても、味は感じなかった。塩がしっかりとされているのが見えるので、味付けをされていないということはない。


 体がまだ不調なのかもしれない。こんなことを話したら、また心配をかけてしまうだろう。今は黙っていよう。ソラは黙々と串焼きを食べ続けた。


「ソラは全部忘れてるんだよね? ロロ、この状況を説明してあげて」


 アーチェが串焼きをちびちびと小さな一口で食べながら、口にする。


「え?! 俺がかよ!」


 その言葉にロロが驚いて、ひっくり返りそうになった。どうやら、自身が説明することは予期していないようであった。


「君たち仲良かったじゃない? 余り物の僕を隊に誘う前から一緒だったし」


「うーん、そんなに仲いいってわけじゃないんだけどな」


 ロロは首筋を撫でながらも、話し始める。彼は全身を隠すような服装をしていたが、その左足もまた作り物――義足であった。ローブがめくれた時に少し見えたのだ。


 そのことにしばし驚くが、あまり見ていいものかとソラは目を逸らした。


「えーと、ここはアデアって言われてる未知の地だ。俺たちはここの地図を完成させるためにこの地に降り立った。探検隊は他にもいてな。そいつらと競争をしてる感じだ。ここまでいいか?」


 ロロが確認を取るので、ソラはゆっくりと頷いた。話はまとめられていて、分かりやすい。ロロは話を続ける。


「地図を一番早く完成させられた隊は豪華な報酬がもらえるらしいぜ。報酬の分け前についてはその時の話し合いで決めようって感じだ。それでソラは俺たちの隊の一応、リーダーだった」


 ソラは言われた言葉をゆっくりと理解し始めた。報酬。ソラは何かを欲しかったのだろうか。そして自分がリーダーだというのは何だか実感が湧かない。


「ソラは記憶を失ってるんだよ。このまま旅してていいものかな。一旦帰るとかはどう?」


 アーチェの呟きに、ロロは串焼きに齧り付く。彼の周りには食べ終えた竹串が多く転がっている。ロロはかなり大食いだ。意外だったのは、食べ方がやけに上品だったことだ。


「帰るだって? あり得ない。帰ったら俺達はどうなる?」


「ソラはどう思う? このまま帰る? それとも……」


アーチェの言葉が小さくなる。彼は探検を続ける?と聞きたかったのだろう。しかし、記憶を失ったソラにそれを聞くのはとても残酷なことだと思ったのかもしれない。


 ソラは自身が戻る姿を想像してみた。


 その時、ソラは無意識に頭の奥で拒否感を感じた。戻るなんて、絶対に嫌だ。


 ロロの説明を聞き、アデアの探検隊としての立場を理解しようとする。戻るという選択肢が頭に浮かぶ瞬間、体に電流のような嫌悪感が走る。


(嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……あそこにはもう戻りたくない……)


 胸の奥からあふれる感情は、記憶がなくても確かに存在していた。外の世界の光景は、息苦しく、冷たく、窒息しそうだ。ソラは何かが欲しくてここに来たのではない。きっと、どこか別の場所に行きたかったのだ。


「私は探検を続けたい」


 絞り出すように言ったその声には、恐怖と拒絶、そしてわずかな希望が混ざっていた。


 その瞬間、ソラは確信した――ここにいること、仲間と共に生きること、それだけが自分を守る方法だと。




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