なぞなぞはランチの前に

ラガマフィン大魔王

第1話

 私は佐藤富士子、御年70歳。ゲートボールと、たまに子どもや孫と会うことがささやかな楽しみ。随分と前に子供も私たちの元を離れ少し寂しさもあったけど、優しい夫と2人、静かで穏やかな生活を送っております。夫は学生時代からの幼馴染でかけがえのない存在です。

 時計も12時を少し過ぎる頃、私達の幸せな時間が始まります。机の上にピンク色のはてなマークの置物が置かれている日は夫がなぞなぞを出してくる日です。そんな置き物どこで買ったのかしら。いい匂いのする台所からやってきた夫が話しかけてきた。


「富士子さんお昼がやってきたね、なぞなぞの時間じゃよ。」

「はいはい、達夫さん、今日はなんですか。」

 そうするとおじいさんはにっこり笑いこう言った。


「パンチが強い犬はなーんだ。」

 うーん…なんだろう、パンチの強い犬?柴犬はパンチの強いイメージはないし、チワワだって小さいわ。大型犬といえばゴールデンレトリバーだけども穏やかな犬よね。だったら秋田犬…秋田犬は見たことないからわからないわ。これから一度くらいはどこかで見れるかしら。そもそもパンチは猫の方がイメージはあるわ。猫パンチだなんて言うものね。

 悩みこむ私におじいさんはこう言いました。


「格闘技がヒントじゃよ。」

 格闘技?空手、柔道、剣道、合気道、私は格闘技はこれくらいしか知らないわ。どの格闘技も犬のイメージがないし、困ったわね。


「あら、達夫さん何してるの。」

 達夫さんがシャドーボクシングを始めた。


「ほら、ほら。シュッシュッ。」

 静かにシャドーを続ける。


「わかった!ボクシングね!」

 嬉しそうに2人は顔を合わせて笑う。


「ボクシングをやる人を何て言うか分かるかの。」

「えっと、ボクサー…あ!ボクサー犬!」

「正解!ボクサーはパンチが強いから正解はボクサー犬じゃ!」

「ボクサー犬!テレビで見たことあるわ!」

「そうかそうか!じゃあご飯にしようか!」

 達夫さんが台所から運んできたご飯を食卓に並べる。


「今日はハンバーグじゃよ。」

「まあ、おいしそう。」

 お皿にはデミグラスソースのかかったいい匂いのハンバーグと少しの野菜が添えられており、ご飯とお味噌汁もある。


「それじゃあ、」

「いただきます。」

 2人は手を合わせる。まずはハンバーグを一口、とってもおいしい。肉汁が口の中に広がってソースの味も最高ね。


「達夫さん、今日もとってもおいしいわ。」

「本当かい。お口にあって良かったよ。」

 とても幸せだわ。おいしい料理が食べられて。それも大切な人が一生懸命心を込めて作ってくれて。食べたら運動して健康を維持しなきゃね。少しでも長く一緒にいたいもの。

 2人はどんどんと食べすすめる。

 やっぱりおいしいわ。だけどハンバーグなんて一から作ろうなんて大変だものね。大切に食べなきゃ。子供たちもハンバーグ好きだったなぁ。


「達夫さん、あの日のこと覚えてる?家族で行った遊園地、緑が帰りに疲れて眠っちゃって、達夫さんと裕一が夕食でハンバーグ食べて、家に帰ってそのことを知った緑が、ハンバーグ食べたかったって大泣きして」

「覚えてるよ。あの後富士子さん、ハンバーグ作ってたよね。」

「そうそう。」



〜あの日のこと〜



達夫38歳。富士子36歳。裕一8歳。緑6歳。4月頃。


「観覧車でっけー!ジェットコースターもある!なんか全部すげー!」

「裕一勝手にどっか行っちゃだめよ。」

 長男はやんちゃ盛り。遊園地なんて天国でしょうね。

 家族で観覧車とコーヒーカップに乗った後は、お昼ご飯を園内で食べました。流石に園内の飲食店は高いわね。でも子供たち嬉しそうだから良かったわ。

 その後は二手に別れ、裕一とパパは乗り物に時間が許す限り乗ったそうです。長女は私とパレードを見ました。長女は人の多さに疲れてしまい、ベンチに2人で座って長男とパパが帰ってくるのを待っていました。


「めっちゃ楽しかった!まだ帰りたくないんだけど…」

「もう帰るわよ、5時までって約束だったし緑も私も疲れてるから。」

「えー…」

「大丈夫だよ、裕一。また皆で来ような。」

「はーい。」

 よし帰ろう。パパは帰りも運転するのだから、大変よね。あとで肩でも揉んであげようかしら。

 家に向けて車で帰っている途中、裕一が不機嫌そうに口を開いた。


「ねー、お腹すいたー。」

 今遊園地でパーっとしてきたところだから夕飯は質素にしようと思ってたのに。


「家まで我慢して、帰ったらなにか作るから。」

「嫌だ今食べたいー。」

 その後しばらく攻防が続き、緑を起こしてしまうと可哀想なので根負けする形となった。4人を乗せた車はファミレスに停車し、パパと長男はファミレスへ。寝ている長女と私は車内で待つことにした。しばらくすると満足そうな裕一とパパが帰って来ました。何か一言二言言ってやろうと思ってたけど、そんな笑顔を見たらなにか悪い気がするじゃない。


「今度は緑が起きてる時に、皆で来ようね。」と声をかけ、家路に着いた。


 無事、家に着き、家事をこなしていると、何やら長女が何やら怒って泣いている。様子を見に行った。兄からさっきハンバーグを食べたことを聞き、自分も食べたかったと泣いているみたい。


「なんで起こしてくれなかったの、私もハンバーグ食べたかったー。」

「だってすごく疲れてたから寝かしてあげたかったのよ。」

「ハンバーグは食べたいじゃん。パパもずるいよー。」

慌てるパパ。しょうがない。


「緑。じゃあ今からママがハンバーグ作ってあげる。」

「本当!?」

「うん、だからいい子に待っててね。」

「はーい!」

 素直でいい子だわ。さすが私の娘ね。絵本を読むみたいね。よし、さっそく作ろう。手を洗って、玉ねぎをみじん切りにして、炒めて、合いびき肉と塩コショウを混ぜて、パン粉と玉ねぎと卵をこねて、ハンバーグの形を作って、と準備をしていると


「ねえー、俺もやりたいー。」

 裕一がやってきました。ハンバーグの形を作るところをやりたいというのです。子供ってこねて形を作るのが好きですよね。粘土とか泥団子とか。


「はーい、じゃあお願いね。」

「いえーい!」

「あー、お兄ちゃんだけずるい!」

 緑がやってきました。兄がやっていることをやりたくなるのも妹って感じよね。まあ仲が悪いよりよっぽどいいわ。


「はーい、じゃあ緑もやろうね。」

 3人でハンバーグの形を作りました。


「2人ともありがとう。後は焼くだけだから待っててね。」

 2人は手を洗ってテレビを見ています。私はハンバーグを焼いて、ソースを作って、野菜を切って、大変だけど作った料理を食べてくれるのって幸せなことよね。1人だったら料理なんてわざわざしようと思わないもの。


「よしできた。運ぶの手伝ってちょうだい。」

「はーい!」

 子どもたちが元気よく駆け寄ってきます。

 お皿をテーブルに運んで、

 みんなで「いただきます」


「おいしい!」

 子どもたちは満足そうです。喜ぶ2人の顔を見て、夫と顔を合わせて私たちも笑顔になります。パパと裕一は2度目の夕食です。その後も子どもたちは、勢いよくご飯を食べました。


「ソースついてるわ。」

長女の口元にソースがついてしまっていたので拭いてあげました。


「おいしい?」

「すっごくおいしい!」

 そんなに喜んでもらえると作った甲斐があるものね。


「ごちそうさまでした!」

裕一は満足そうです。


「今日は遊園地だったし、2回もハンバーグだったし最高だったー。」と言い残して部屋に帰っていきました。緑の顔が少し悲しそうになりました。兄の「2回も」の部分に少し引っかかったのでしょう。仕方ない。


「緑、お兄ちゃんがお風呂入ったら一緒に2人でアイス食べよう。」

「え、いいの?」

「いいわよ、お兄ちゃんもパパも、ハンバーグ2回も食べてるんだから、2回もだよ!これくらい、ね。」

「やったー!」

 2人で人差し指を口元に立てて、静かに笑います。その後、2人で一緒に少し悪い笑みを浮かべながら、アイスを食べました。このことは2人の小さな小さな秘密です。



〜あの日のこと(終)〜



「あの頃は毎日大変だったけど、毎日楽しかったわね。」

「そうだね。」

 子どもたちとの時間は充実していたけれど、あっという間に過ぎました。2人とも立派に育ち、無事巣立って誇らしい気持ちと同じくらい寂しい気持ちもあった。夫も定年を迎え、一緒の時間も長くなり、関係性もまた変わり、2人で支え合い生活している中、夫が料理を手伝い始めて、1人でも難しい料理を作れるようになり、さらにお互いの脳トレと言って、食べる前になぞなぞやクイズを出し始めた。これは達夫さんの優しさ。少し変わってはいるけれど、不器用だと思うけれど、初めてなぞなぞを出してくれた日の、こちらを伺うような、少し照れたような笑顔を、私は生涯忘れません。それに、なぞなぞなんて子供っぽいし、食前に出すのもよく分からないけれど、一生懸命私を想って、考えてるのだと思うと、とても愛おしいもの。


「ごちそうさま。おいしかったわ。片付けは私がやっておくから。」

「あー、私がやるよ。」

「いいえ、私がやるわ。達夫さんは作ってくれたから。テレビでも観てて。」

「いいのかい、ありがとう。」

 達夫さんは、ゆっくりとソファーに座り、テレビを見て笑う。そんな達夫さんを見て私も微笑む。そして、この幸せな日々が一日でも長く続くよう心から願う。

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なぞなぞはランチの前に ラガマフィン大魔王 @ragamuffindaimaou

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