第2話 中編
「サメ」
「メカジキ」
「キス」
「スズキ」
「…………もうおらんやろ、魚」
眉間に皺を寄せていた赤葦がギブアップした。魚しりとりに負けた赤葦から、参加者全員がうまい棒を1本ずつ受け取った。
この部屋でやれることなんて限られている。昼は海鮮丼、夜はおにぎりセットが降ってきて、全員が黙々それらを食べた。そして、夕食と一緒に降ってきたのがうまい棒1人につき50本。全部たこ焼き味。暇すぎる俺達がやることと言えばそれくらいしかなかった。俺と赤葦以外に赤熊、赤西が賭けしりとりに参加しており、緑岡さんはそばでただ戦況を見つめている。そして緑山はただの一言も発することなく、夕食を食べてそのまま布団にくるまってしまった。
20時には話すこともなくなり、俺達も就寝についた。新米の俺と緑岡さんは枕だけもらって地べたで寝た。床の冷たさがほのかに身に沁みたが、室内の冷暖房がしっかりしているからか意外とよく眠れた。こんな状況だというのに、俺は意外と神経が図太いのかもしれない。
「もうすぐ10時だ。みんな、自分の色が来ないことを祈るんだ」
赤熊は最後の飯になるかもしれないからと、残ったうまい棒をぼりぼり食べていた。赤葦はへらへらとし、赤西は手を組んで1時間以上も祈りの姿勢をとっていた。緑岡さんは相変わらず無言だったが、時折妙に視線が合うのを認識していた。
俺は9時59分になって、ずっと天井を見上げていた。どんな風に人間が落ちてくるのか気になっていたのだ。
静かに10時を迎えたと思ったら、唐突に天井の板が2枚開いた。バラエティ番組の、パカッと開いて人が落ちる床のように。そして、2人の人間が力なくベッドにどんっと降ってきた。2人とも意識はあるようで、落ちて早々身体を起こした。
「おい、突然だが名前を教えてくれ」
いの一番に名を問いかけたのは赤葦だった。
「な、何よ。いきなり。……
30歳前後の派手な身なりをした女があっさり名乗った。これで、緑も3人になってしまった。残る一人が赤、もしくは緑なら死人が出る。
「もう1人のお前は?」
「なんすかいきなり。急に名前を聞いてくるなんて失礼な」
「いいから言え!」
身長180以上は確実にある男に赤葦が感情をむき出しにする。
「まじなんなんすか。赤尾っすよ。てかここどこなんすか?」
「あか…………、まじ……か…………」
赤葦の膝が力なく抜ける。ずっと祈っていた赤西は「とうとうこの時が……」と呟き、じわっと涙を流した。
そして、状況を全く理解できていない赤尾のもとに向かって行ったのが赤熊だった。「死ねえええええ!!」と拳を握りながら。だが、赤尾は動じることなく赤子の手をひねるように赤熊をねじ伏せ、床に抑えつけてしまった。
「意味わかんないすけど、俺柔道四段すからね。この人、このまま抑えつけてていいすか?」
赤熊の動きを封じながら俺達に向かって問いかけてくるが、俺は何も言えなかった。お前の寿命、あと3分だぞ、なんてどうして言えようか。
赤熊は喋りにくい姿勢にてうめき声をあげ、赤葦は力尽きたまま動かず、赤西は祈りの姿勢を崩さなかった。そのまま時は流れ、5分が経過した。
「うっ、うぐっっっ!!」
「うお、いきなりなんすか。う……ぐああああ!!」
赤熊が急に吐血したかと思いきや、それを抑えていた赤尾も首を苦しそうに押さえ始めた。そして、赤葦は心臓に手を当てたまま意識を失い、赤西も身体を前に倒して動かなくなり、1分もしないうちに全員が物言わぬ死体となってしまった。
「な、何、何!?ねえ、どういうこと!?」
一番動揺していたのが、落ちてきたばかりの緑埜さんだった。何も知らないままに人の死を目にしてしまったわけだから、そのショックは相当なものだろう。その緑埜さんを落ち着かせようと静かに寄り添ったのが緑岡さんだった。彼女も相当びっくりしているだろうに、他人のことを気にかけられるなんてなんて素敵な女性なんだろうと思った。
「つまりどういうこと?意味不明なんだけどー。ちょっと、家帰してよー!!」
緑埜さんは思いの外かなり面倒な性格をしていた。こちらがいくら状況を伝えても理解しようとせず、言いたい放題口にしていた。最初は真摯になってこの女性に説明をしていた俺もやがてやる気を失ってしまった。面倒な奴が生き残ってしまったなぁと感じた。
「つーかさぁ、そこにある死体早く捨ててきてよお。あんた、男でしょ!?」
己のエゴばかり口にする女にキレそうになった。だが、わずかに先にブチ切れたのは緑岡さんのほうだった。
「あんた、どんだけわがままなの。はっきり言ってウザすぎ。死体と一緒にあんたの身体も放り込んであげるわ。そしたら少しは胸の内がすっきりする気がするわ」
緑岡さんにガンつけて迫られ、緑埜はビビって後ずさりした。
「やめてよ!アタシ、死にたくないんだから!ちょっと言い過ぎただけでしょ!!」
泣き喚く緑埜は見ていて哀れに思えてきてしまった。多分、性格が子どものまま大人になってしまったんだろうなぁと何となく察した。
それから4人がかりで死体を穴から放り投げた。ごめんなさい、と4人の亡骸に拝んだうえで。赤尾を除けば付き合ったのは1日だけだが、それでも俺にとっては大事な人達だった。
死体処理には緑岡さん、緑埜はもちろんのこと、今までほぼリアクションを示してこなかった緑山までもが加わってくれた。そのため、思ったよりも早く、死体は俺達の前から姿を消した。
「まさか赤熊さんが暴れるとはね」
「なんだかんだ言って怖かったんだよ。あの人も」
最後に赤熊の死体を片づけている時、緑岡さんとそんな話をちょろっとした。ぷよぷよは、暴れたところで消える以外の道を選べないのだ。
「私、青嶋さんと結婚しようと思うの」
「えっ……」
夕食を終えて緑山が眠りについて早々、饒舌になった緑岡さんから爆弾発言が聞かれた。もちろん結婚とは、ここで言う、苗字を変えるための手続きである。
「そうね、ありかもしれないわね」
先ほどまでの混乱が一転、すっかり落ち着いた緑埜さんが賛同する。
今、彼女達の脳内では、部屋にいる人員の内訳は、緑3青1となっている。もしも結婚手続きをし、緑岡さんの苗字が青嶋になれば、緑2青2になることになる。そうすれば、誰かが死ぬ可能性は大幅に減るわけだ。
「でも青嶋さんはいいの?だってさー、青嶋さんは死んじゃう可能性あがるわけじゃん?」
当然の指摘が緑埜さんがする。そりゃそうだ。青が増えれば、青を名前に含む人間が死ぬ可能性があがるわけなのだがら。まぁ、俺は青嶋って名前じゃないんだけど。
「うん。それが、みんなのためになるわけだし。ただ……結婚するってことは、その……していいんだよね?緑岡さん?」
「ちょ、あんた……っ」
緑埜さんが目を三角にして俺を睨みつける。
「いいの。結婚するって……そういうことだし。たとえ、こんな形での結婚でもね」
緑岡さんは膝立ちのまま俺のもとに近寄り、そして、何も言わずにキスをしてきた。
「私のことは真理って呼んで。死ぬまでよろしくね、司」
正直、真理を騙している罪悪感はあった。しかし、真理を俺のものにできるという欲望に打ち勝つことはできなかった。
俺は多少は迷ったが結局本名を名乗らなかった。教えるメリットはそこまでないと感じたのだ。
部屋の受付様のスペースにひっそり置いてあった婚姻届の束。ボールペン、そしてポストのような箱も一緒に置いてあり、投函できるようになっている。そして婚姻届とは言っても、ほぼすべての項目に斜線が引いてあり、記載できるのは名前くらいであった。名前の横にはどちらかの新しい苗字を記載する枠も設けてあった。
俺達はそれぞれ指定の箇所に名前を書いた。俺が名を偽っているが故に、おそらくは何の役割も果たさないであろう書類に。
青嶋司
緑岡真理→青嶋真理
こんな形とはいえ、本当に真理と結婚できた気になった。だが、これが大きな間違いである気もしていた。それは……俺の苗字にも関係している。だが、そんなことは考えないことにした。正直、目先の欲にはどうしても勝てなかった。
夕食を終え、緑山と緑埜さんが寝静まったのを見計らって俺は真理の布団に忍び込んだ。夫婦なんだから、拒否なんてさせやしない、と。真理は驚いた様子であったが、躊躇することなく俺を受け入れてくれた。
俺はその夜、人生初セックスをした。
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