第4話 皆実くんと恋人

「えっとぉ、じゃあミックスジュースと、いちごオレで」


例年より早い梅雨入りのせいで、毎日偏頭痛と闘う六月中旬。店内には、金髪の長い髪をくるくるに巻いたお姉さんの甘ったるい声が響いていた。


「ありがとうございます。お会計、1360円です」


選ばれたパンをトレーの上にのせながら言うと、お姉さんはぽんぽん、と隣にいるお兄さんの肩を叩いた。


「ヒロくん、お願いね」


そう二人組のお客さまのうち、女性が店内の席へと歩いていく。残されたお相手である男性は、クレジットカードで、とスマートに決済をされる。


「お待たせしました、ミックスジュースといちごオレです」


後ろからやる気のなさそうな皆実くんが、ドリンクを二つ用意してくれて、お客さまに出してくれる。ごゆっくりどうぞー、と二人で言い、男性を見送り、私はひとつ、息を吐いた。


「払ってもらって当たり前ってやめたいですね」


私が小さい声でそう言うと、ん?と首を傾げる皆実くん。今日もやっぱり、顔はいい。


「いや、さっきのお客さんですよ」


私の言うことを理解してなさそうなのですかさずそう言うと、あぁ、と頷く。


「奢り奢られ論争ね」


ぽん、と手を叩きながら頷く。


「皆実くんはどっち派ですか?」


テイクカップやストローの在庫を見ながら、冷蔵庫の掃除をしている皆実くんにそう聞くと、うーん、と珍しく悩んだ様子。


「え、そんな迷います?」


皆実くんの性格上、一刀両断に「嫌だなぁ」って言うと思ったから、意外で思わず声が大きくなる。しばらく悩む様子を見せたあと、「そうだな」と掃除している手が止まった。


「いや、まぁなんだろう。それぞれの間柄とかあるから、一概にこうとかっていうの難しくない?って思って」


綺麗な顔がぎゅっと歪められてて、眉間にシワが寄っている。なのに、イケメンであることはわかるこの顔、この人、本当に顔がいいんだな、と場違いなことを考えつつ、私も腕を組んで考える。


「奢られるのが当たり前の女性はどうおもいます?」


またもや悩ましい様子で、うーんと腕を組み考える皆実くん。


「まぁ嫌だとは思わないけど、俺のことが好きな理由が奢ってくれるからとかだったら話は変わってくるね」


なるほど、と頷く。


「一理ありますね」


うんうん、と皆実くんの意見を個人咀嚼していると、日野さんは、と口を開く。


「日野さんは?奢られたいの?」


質問した側として、回答者側として、至極真っ当な疑問に、私は、と持論を展開する。


「二人で食べるものは割り勘ですかね。なんか、自分の食べたいもの頼んだのにお金払ってないとないとか違和感で」


ウォッシャーをかけ終えたトレーを拭きながら言うと、ぽいね、と笑われる。


「日野さんは自分がしっかりあるタイプだろうから、余計にそう感じるのかも」


瞳と瞳がばちん、と音が鳴るように合って、思わず目をそらす。まだ一緒に数えられるだけしかバイトをしていないのに、私という人間性を熟知しているかのように言う皆実くん。それが少しむず痒くて、よく人のこと見てるなぁと思う。


「うーん、ただ自分の人生論的に受け入れられないってだけな気もしますけど」


上がった体温を下げるように言う。手に入れたいものは自分のお小遣いを貯めて買うことが当たり前の家庭でそだったのもあって、奢られ慣れてない、というのはあるんだろうけれど。


「まぁ男はカッコつけたい時もあるし、細かいことを気にしない時だってあるからね」


「というと?」


「好きな女の子の前くらい、スマートでいたいんだよ」


なるほど、と少し納得してしまう。カッコつけたがりな生き物って事なんだろうか。カッコつけなくても、かっこいい人はいると思うけれど。現に、皆実くんは容姿に関しては人より抜きん出ているだろうし。


「皆実くんも彼女の前ではカッコつけたいんですね」


しみじみ言うと、うん? と首を傾げる。


「え、そういうことじゃないんですか?」


「……俺、彼女いないけど」


「え?」


気まずそうに言う皆実くんに、一瞬、時が止まった。彼女がいないという事実が意外すぎて、言葉が出なかったのだ。


「……なに、その憐れむ目は」


「いや、こんなイケメンでも彼女いないなんてことあるんだって思ったら、なんか泣けてきて」


「墓穴掘ってきたの、日野さんだけどね?」


そう睨んでくる皆実くん。


その顔さえもイケメンだと思わせるのに、彼は俗に言う残念イケメンだということを、今日はあまり感じなかった。



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6/14


皆実くんは彼女いないらしい。こんなにイケメンなのに。まぁ、イケメンと一言言っても、普段は残念なんだけれど。


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バ先のイケメン、皆実くん @mango-kakigori

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