第3話 皆実くんと大学
蒸し暑さが鬱陶しい五月下旬。バイト着の黒シャツも長袖から半袖になった今日も、私は皆実くんとバイトだった。
午後六時の外は随分と明るくなった。ウォッシャーをかけ終えたトレーを拭きながらそんなことを考えていると、ねぇ、と横から声が聞こえる。振り向くと、皆実くんが思い出したように口を開いた。
「日野さんって理系?」
「え、全然文系ですけど」
「あ、そうなの」
突然の質問に戸惑いつつ、へぇー、と興味があるのかないのかわからない返事に、私は首を傾げる。質問してくるくせに広がらない会話はいつものことなのでいいのだが、なぜ、今このタイミングで? まぁなんでもいいのだけれど、と私も口を開く。
「皆実さんは理系なんですか?」
「いや? 文系だけど」
「あっ、そうなんですね」
聞いてくるから理系なのかと思ったけど、そうではなかったらしい。
バ先の先輩と一言に言っても、週に一回、水曜日にシフトが被ってるだけだから、お互いのプライベートな部分はあまり知らないし、こうやって暇で手が空いたときくらいにしか、そういうことを話さないのもあって、この人も同じ学生なんだなぁ、なんて思う。
「何学部?」
「大学ですか?」
「うん」
「文学部です」
「じゃあ、言葉とかやってるのか」
「そうですね。まぁ色々ですけど」
専攻は日本文学だけれど、今は関係ないほどに教養科目ばかりだし、いちいち説明するのも面倒だ。そう思い返事をした。ふうん、とまた興味があるのかないのかわからない返事に、皆実さんは、と私は口を開いた。
「皆実さんは、何学部なんですか?」
「俺? 俺は教育学部」
「え? 教育学部なんですか?」
まさかの回答に耳を疑って、思わず顔を顰めてしまう。
「なに、その疑う目は」
なんだよ、と怪訝そうな皆実さんに、え、ともう一度聞く。
「教育学部なんですか?」
「そうだってば」
聞き間違いかもと思い、念の為に聞いてみたけど、やっぱり教育学部らしく、私は戸惑いと疑いを隠せない。
「じゃあ、先生になるんですか??」
「ゆくゆくはね」
「なんの先生ですか?」
「小学校の予定だけど、中高も免許取る予定だよ。社会科だけど」
しっかりしたビジョンを話をする皆実くんに、正直、ちゃんと勉強してる人には到底見えないから、意外だ、と開いた口が塞がらない。
「何が意外だよ」
「え、口に出てました?」
「がっつり」
やっぱ日野さん失礼だね、と嫌な顔して言われたけれど、先生を目指しているような人にはやっぱり見えなくて、なんだかおかしい。
「皆実さん、今何年生なんですか?」
「三年」
「わぁ、ほんとに歳上なんですね」
「ねぇ、だから失礼だって」
文句を垂れるような顔で睨んでくる皆実さんだけど、やっぱり笑いは堪えられない。
「ははっ、やっぱ皆実くんが先生は無理ありますって」
そこまで言って、あ、と気づく。
「すみません、あの、馴れ馴れしく皆実くんって」
やってしまった。いくら親しくなったからって、気安く、くん付けなんて。怖くて顔を見れないでいると、はぁ、と一つ溜息が聞こえる。
「いいよ別に、皆実さんでも皆実くんでも」
それより、と睨まれる。
「謝るならもっと他のとこあるでしょ普通」
なんてぶつくさ文句を言っている。
その言葉にホッとしたのも束の間、日野さんはさぁ、と不満気にまだ何か言っている姿は先生を目指してるっていうだけでなんだか面白くて、笑いを堪えるのに必死。
「なに、まだ笑ってんの」
懲りないな日野さん、とひとつ大きなため息をつく。ほんと、残念なはずなのに、懐の広さに思わず嬉しくなる。
「ちなみに、皆実くんはなんで先生になりたいんですか?」
一応気になったから理由は聞いておこう、そう思って聞くと、
「公務員になったら、今のところは月に1回決まった額もらえるから」
とスラスラ言うから、やっぱり残念だ、と乾いた笑いがこみ上げる。
「……理由はとても皆実くんらしいと思います」
ハハッ、と愛想笑いすると、
「なんだよ、その蔑む目は」
なんて、睨まれたけれど。
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皆実くんは、教育学部の3年生らしい。先生になりたい理由は、残念そのもの。
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