第二十二章:“今”を精神分析してみた
日差しの強い午後、シグちゃんは窓辺の椅子に座って外を眺めていた。
その視線は、ただボーッとしているようで、実は街を行き交う人の表情や仕草を、丁寧に観察している。
「ねぇ、お兄さん。最近の人ってさ、なんか“落ち着き”がない気がしない?」
「え、いきなりどうした」
「ちょっと、今の社会について考えてたの。
現代人の不安って、たぶん“自我”が弱くなってるからなんじゃないかと思うんだよね」
「自我?」
「うん。昔は家族とか地域とか、そういう“居場所”がはっきりしてたじゃん?
でも今は、SNSでつながってるけど、ほんとの意味で“帰れる場所”がない人が多い」
「たしかに、俺も実家には年一回しか帰らんしな……」
「でしょ? それって、フロイト的に言うと、エディプス・コンプレックスの“解決”が難しくなってる状態。
親との距離感が曖昧なまま大人になって、ちゃんと“自分”を作れない。
だから、社会の変化についていけずに不安になっちゃうんだと思う」
「……なるほど?(たぶん分かったふり)」
「それにね、SNSはちょっと“鏡像段階”っぽいんだよ」
「鏡像……? 何それ」
「ラカンって人が言ってたんだけど、
赤ちゃんは鏡の中の自分を見て、“自分だ!”って思い込む。
でも、それって本当は“理想のイメージ”でしかないんだ。
SNSも同じで、みんな“なりたい自分”を投稿してるでしょ?
それが“他人の承認”を求めるループになってて、
本当の“自分”や“他人”との関係が薄くなっちゃう。
いわゆる“ナルシシズム”の時代なんだよ」
「確かに、みんな“いいね”ばっか気にしてるもんなぁ……」
「うん。でも、そのせいで“意味”を見失ってる人が多いと思う」
シグちゃんは小さくため息をついた。
「わたしの理論だと、“意味の喪失”は“リビドーの昇華”ができてない状態なんだ」
「リビドー……また難しい単語……」
「簡単に言うと、人間の根っこにある“エネルギー”とか“欲望”のこと。
それを勉強や仕事や、創作活動に向けることで、人生に“意味”が生まれるんだよ。
でも、今は“消費”とか“受け身”の時間が多すぎて、
“自分で何かを作る”っていう機会が少なくなってる」
「じゃあ、どうしたらいいんだ?」
「うーん……やっぱり“自分の無意識”とちゃんと向き合うことかな。
小さいころの経験とか、抑えてきた気持ちを、ちょっとだけ思い出してみる。
何が好きで、何が嫌だったか、
どうして今の自分になったのかそれを知るだけでも、心はずいぶん楽になるんだよ」
「……それ、カウンセリングとかに行けって話?」
「行ってもいいし、ノートに書くのもあり。
あと、“昇華”っていう概念を使って、
好きなこととか社会のためになることにエネルギーを向けてみるのも大事だと思う」
「例えば?」
「うーん、たとえば……
お兄さんが疲れてる時、誰かに優しい言葉をかけるとか、
小さな趣味を続けるとか、
ユナちゃんと“ばぶ語”で話してみるとか!」
「それは特殊すぎだろ!」
「ふふ。まあ、そうやって“自分なりの昇華”を見つけられたら、
今よりちょっとだけ“満たされた気持ち”になれると思う」
お兄さんはしばらく黙っていたが、やがて笑って言った。
「やっぱお前、すげーよ……普通の小学生はそんなこと考えないからな」
「だってわたし、ただの小学生じゃないもん。
でも、普通の子どもも大人も、悩むポイントは似てる気がするよ」
「じゃあ、次はどんな分析してみる?」
「そうだなぁ……
今度は“現代日本の恋愛”でも精神分析してみようか?」
「それは……なんかちょっと怖いからパスで!」
「えーっ、逃げた!」
二人の笑い声が、静かな午後の部屋に響いた。
でもその笑いの奥には、
百年前の思索が、“今”という時代に小さな種を蒔いたような、
そんな確かな希望が、静かに息づいていた。
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