第十三章:無意識の食卓、そしてタブーなダジャレ

朝の光が、テーブルの上の食器をやわらかく照らしている。

今日は休日。手抜きの朝食だけど、こうして二人で向かい合って食べる時間は、少しだけ特別だった。


「今日は、おにぎりとインスタント味噌汁、あとはレトルトのカレー」


「おにぎり……いいね。三角の形と、手で握る感触。

たぶん、これは“母性”の象徴なんだと思う」


「……また始まったな。精神分析」


「だって、おにぎりって“誰かの手”の記憶を呼び起こすでしょ?

ご飯を手で握る行為は、母と子の距離を近づける無意識の儀式。

“塩”は浄化の記号。“海苔”は境界。だからおにぎりには“包まれる安心”がある」


「え、そんな深いの……?」


「うん。“トーテムとタブー”っていう本で、似たような話があった。

食事は“欲望”の投影だって」


「じゃあカレーは?」


「カレーは……“抑圧された情熱”。」


「抑圧……?」


「いろんなスパイスを混ぜて、辛さを“味”に変えて食べるでしょ?

日本の家庭は“刺激”を包み隠して、甘口にしてしまう。

でもどこかで、“本当は辛くてもいい”って欲求が潜んでる。

そういうのを、“無意識の情熱”って言うんだよ」


「いや、お前が言うと全部意味ありそうに聞こえるな……俺、昨日なんてカレーに納豆かけてたぞ?」


「それは“異文化的欲望の統合”だと思う」


「え、なんかカッコいい……!」


「でも、納豆を混ぜることで“自分らしさ”を守ろうとする防衛機制が働いてる。

要するに、カレーという外来刺激の中に“家庭の味”を取り戻したい欲求だね」


「いや、ちょっと待て、全部それっぽいけど……」


俺は半ば呆れながらも笑ってしまう。


「じゃあ、味噌汁は?」


「“日常への帰属意識”。おにぎりと味噌汁がそろうと、人は“帰る場所”を実感する。

でも、インスタントだと“仮の共同体”感が強くなるかもしれない」


「分析しすぎじゃない? ほら、もっと気楽に食べろよ~……

このカレー、うまい!……でも”辛え”!」


すると、シグちゃんは無表情で箸を置いた。


「……生産性のない、無意味な言葉遊び」


「えっ」


「“ダジャレ”は現実の意味と音の類似を強調するだけで、新しい情報も感情の交流も生まれない。

結局は“空虚な快楽”の再生産にしかならないんだよ」


「え、ちょ、そこまで言う!? 普通“さむっ”くらいで流すだろ……」


「“さむっ”と言うのも、集団内の安心の儀式。

でも本音を言うなら、“無意味”って明言してもいいと思う」


「お、おう……なんか今日の朝ご飯、心が寒くなってきたぞ……」


シグちゃんは淡々とお茶をすすった。


「ごめん。お兄さんの“無意味な冗談”も、たぶん“愛情表現”なんだよね。

でも“無意識の欲望”を認めることは、勇気がいる。

わたしは、そういう時、つい“本質”を突きたくなるみたい」


「やっぱりお前、普通じゃないな……」


「そう言ってもらえると、安心する。

わたしは“普通”にあまりいい思い出がないから」


ふと、彼女は小さく笑った。


「“タブー”に触れない会話は、たぶん一番安全だけど、一番つまらない」


「お兄さんは?」


「俺は……えーと……できればもうちょっとぬるく、暮らしたいかな……」


「そういうのも、たまには大事だね」


テーブルの上、湯気の立つ味噌汁と、半分だけ食べかけたおにぎり。

その向こうにある“言葉の本音”を、

俺はちょっとだけ、探してみたくなった。

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