突然現れた幼女がフロイトっぽい件について
狂う!
第零章:記号としての生活
毎日、朝の6時15分に目を覚ます。
決して目覚ましの音で起きるわけではない。体内時計が、勝手にそう仕向けてくる。
電動カーテンが空を切って音を立て、やがて部屋の天井からぼんやりとした青白い光が差す。
それを浴びながら、布団の上で3秒目を閉じて、次の3秒で起き上がる。
今日も、いつもと同じ朝だ。
炊飯器の予約が切れている。
シャツの襟元にアイロンがかかっていない。
昨夜飲み残した缶チューハイが机の上に転がっている。
それらすべてを認知しながら、脳内でこう結論づける。
「まぁ、いいか」
歯を磨きながらスマホの通知を流し見する。誰かの結婚、昇進、自撮りと手料理。
スクロールする親指はもう感情を持たない。
SNSで“いいね”を押すのも、今はたいてい義務感だ。
義理で生きている。それが俺の日常だ。
通勤電車ではKindleで自己啓発書を読む。
内容はほとんど覚えていないけど、「何かやってる感」は出せる。
会社では朝礼で無難に笑って、上司の小言を右から左へ。
タイムカードを切る前に確認するのは、「今日の歩数」だけだ。
全部、決まっている。
何も考えなくていい。
日付の区切りがなければ、昨日と今日と明日の違いもきっとわからない。
スマートウォッチが「健康的です」とか言ってくるけど、それが本当かどうか俺には分からない。
心の健康なんて、どこで誰が診断してくれるんだろうな。
~~~
夜。
帰りにスーパーで半額の焼き鳥を買って、レンジで温める。
テレビはつけない。音がうるさい。
その代わり、最近ハマってるのは「生活音ASMR」。
風呂掃除の音とか、毛玉取り機のモーター音とか。
妙に落ち着くんだ。
「……明日も仕事か」
独り言が、壁にしみる。
言ったそばから、後悔している。
そんなこと口に出すから、余計に虚しくなるのに。
さて、歯を磨いて寝るだけだ。
そのはずだった。
だが、その夜は何かが違った。
寝る直前、脱ぎ捨てたワイシャツを拾おうとしたその瞬間。
部屋の照明が、一瞬だけフッと揺れた。
点滅とかではない。
まるで、空気そのものが震えたようなそんな気味の悪いノイズを感じたのだ。
「……?」
部屋を見回す。
当然、誰もいない。外も静かだ。
気のせいだろう。たぶん。
今日も働いた。疲れてるんだ。
もう寝よう。
そう思って、ベッドに潜り込んだ。
でもその夜、俺はひどくリアルな夢を見た。
白い服を着た、泣いている女の子。
何かを探して、名前を呼んでいる。
「……ママ、どこ……?」
朝が来ても、なぜかその声だけが、耳にこびりついていた。
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