プロローグ(下) 絶望のその先に~奪われたもの、放たれたもの~
まだ幼い弟皇子が、姉姫を庇って魔族の前に立ちはだかる。
充満する煙を裂いてアーグの頬を翳め、ほんの一筋。滲む様な血が赤い線を生んだ。
アーグは微かに目を見開く。
同時にカルロスはがくりと両膝をつき、そのまま前のめりに倒れ込んでしまう。
突然の強烈な疲労感に、指先一つ動かす事もままならない。
ぼんやりと、薄く瞳と唇を開いて、必死に息を繰り返す。
「カルロス!?」
ジニアの悲鳴はカルロスではなく、アーグの方を我に返らせた。
そっと、指先が頬に触れる。
軽く撫でて、それだけで血の跡も傷跡も消えてしまうが、目の前に持って来た指先には、間違いなく滲み出た血が付いていた。
「まさか、《瞳の宝石》の持ち主だったとは……」
恐ろしく低い声が口の中で怒りを込めて呟かれ、床に倒れ伏して身動きの取れないカルロスを睥睨する。
腰を落として、無造作に頭を掴んで引き上げた。
「やめてっ!カルロスを放して!!」
咄嗟に声を上げたジニアの事も難なく突き飛ばす。
「思わぬ伏兵。と言った所ですかね……けれども、弱い。弱すぎる……」
言いながらその手の剣を躊躇い無く突き立てる。
カルロスは反射でのけぞって、息を呑む。
けれどその体を刃は突き抜けない。
確かに根元までが埋まってしまったのに、切っ先が覗く事も無ければ、ほんの一滴の血さえ滲まない。
どころか、着ている上質な絹の服にすら、傷は無かった。
柄を握るアーグの手が広げられて、そのまま柄頭までもが体内に消えて行く。
弟皇子の胸に広げた掌を押し当てたアーグは、今度は逆に引く。
体の中から、薄赤い光に包まれて宝石が3つ。
掌を返して上向きにしたアーグの元で浮かぶ。
その薄青い宝石を確かめる様に見てカルロスを投げ出す。
完全に意識を失ったカルロスへの興味も無くして、体内から取り出した宝石もどこかに隠してしまって……改めてジニアに向き直った。
「これでもう、邪魔するものはありませんね」
穏やかな微笑が、再び剣を取り出す。
「終わりですね?ジニア・プローフ・ジャネット。暁の女王・ディエルの祝福を受けた戦乙女……名ばかりの、所詮は無力な人間の小娘……」
死になさい。と、内容にそぐわない爽やかな笑顔で言った。
「あ……」
カタカタと震えて、我が身を搔き抱く。
逃げたいのに、体はまったく動いてくれない。
立ち上がるどころか、這って後退る事すらできない。
そんなジニアの恐怖を愉しむかの様に、アーグは一歩、また一歩とゆっくり近づいて行く。
目の前まで来た青年姿の魔族を、涙に濡れた天色の瞳が見上げる。
ゆっくりと構えられた剣の、鋭い刃が赤く光る。
「……い……っ」
喉の奥で凍り付いていた悲鳴が、漸く最初の音を漏らす。
剣が振り下ろされる。その直前、ジニアは悲鳴を上げた。
「いやぁーーーっ!!」
絶叫と共に、眩い朱金が解き放たれる。
「な…に…っ!?」
狼狽したアーグの声など聞こえない。
ただただ、怖い。死にたくない。助かりたい。と、強く、強く願う。
「まさか……そんな。これは……っ」
腕で顔を庇ってアーグは後退る。
直視するには眩すぎる光を、細めた目で辛うじて見て取った。
「忌々しい!例え幼かろうと、巫女は巫女と言う訳ですか……しかたありません。今回は、この手土産だけで良しとしましょう」
光の、あまりの強さに押される様に、二歩、三歩と下がったアーグは、最後にカルロスをちらりと見て姿を消す。
アーグが居なくなっても、まだしばらく続いた光の氾濫は、現れた時と同じ様に、唐突に消えてジニアもまた倒れ込む。
「姫、様……皇、子……」
その一部始終を、ただ見ている事しかできなかったディアスは、2人の幼い姉弟を呼んで、少しでも近づこうと身動ぎする。
だがそうやって動けば動く程、体力を奪われ、辛うじて留めていた意識も奪われる。
視界が紅蓮の闇に閉ざされる。
朦朧とした意識が遠のく直前、3人を呼ぶ声を聞き取った気がした。
――――――
ご覧いただきありがとうございます。
5年前の惨劇、そして弟君にかけられた呪いの核心が見えてきました。
巫女姫ジャンヌの秘められた力が、絶望のその先でどうなっていくのか、ぜひ見届けてください。
【この後も連続投稿が続きます!】
本日は、この後も約45分間隔で第1章 第4話までを連続投稿いたします。第1章からは、5年後の世界でジャンヌと仲間たちの物語が本格的に始まりますので、ぜひ続けてお読みください!
【今後の連載スケジュールについて】
明日以降は、毎日21時に1話ずつ更新予定です。
【お願い】
「面白い」「続きが気になる」と感じていただけたら、★(星)や応援コメント、フォローをしていただけると、作者の大きな励みとなります。
【本作は第1部まで執筆完了済みです。よければ最後までお付き合いください。】
【本作は「小説家になろう」にも投稿しております。】
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ノリト&ミコト
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