鶏すきって知らない？

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　すき焼きは鶏肉だよね！

　そういったところ、「貧乏人」と馬鹿にされた過去。チクショウ。

　世間ではすき焼きといったら牛肉という。しかし我が家は鶏肉なのだ。甘辛い割下は牛よりタンパクな鶏の方が絶対に美味いのにそれを肉の末端価格だけで判断され貧乏人だと蔑まれる。これに対し、腹に据えかねた俺は暴力によって応えた。確かに貧しくはあったが心の豊かさは県内随一だ馬鹿野郎。

　そんな屈折した思いを抱えて十余年。俺も人並みの稼ぎを得て牛肉のすき焼きを食べられるようになったがどうにも脂がくどく、ぶちまける砂糖のせいで赤身の味も落ちる。やはり鶏肉。鶏肉しかない。鶏肉を使うことによって食材の均衡が取れ、料理の完成度が増すのだ。貧富の差関係なくクオリティの問題。生涯鶏肉宣言をここに示そう。

　けれど、あぁ、けれども。

　恋人に「すき焼きは鶏肉だよね！」とカミングアウトする勇気が俺にはない。子供時分のトラウマが蘇り、想像しただけで惨めになる。嘲笑されるのではないか。いや、彼女に限ってそんな。堂々巡り。煩悶。しかしいくら考えたとて解決はしない。ここはひとつ、すき焼き試験といこう。スーパーへ食材を買いに行き、鶏肉をカゴに入れる。彼女が馬鹿にしたらアウト。そうでなければセーフ。もしアウトとなれば即座に平手をお見舞いし、二度と異性との交際関係を結ばぬ所存。そして近所のマイ⚪︎スへ二人繰り出す。起こったアクシデント。俺と恋人は、同時に肉に手を伸ばし、掴んでいた。鶏肉と、豚肉を。

「……」

「……」

　無言。牽制。

　お互いの価値観と文化が火花を散らす。愛の試験はいつしか、闘争へ変わっていた。

　負けられない。豚肉には……！

　決心。これは戦争……すき焼き戦争だ！

　我が家の意地と誇りにかけて、俺は、戦う。