ジェンダーチョイス

白美希結

ジェンダーチョイス



 雲の上には『始まりの子』たちが存在する。

 宿り先が決まると選択をしなければならない。

 この世に誕生している誰もが必ず通る道なのだ。

 

 ───ぼくは、始まりの子だった頃の記憶がある。

 


 足元がふわふわした狭い空間の中、たくさんの子たちが一列に並んでいる。

 列の一番先には 二つの道が設置されているのだ。迷わず『わたし』行きのすべり台に進むと決めていた。

 くじ引きのガラポンのように次から次へと送り出され、やっと分岐点の前にたどり着いた。

 「右です」

 そう宣言し、一歩足を踏み出したとき、ドミノのようにバタバタと子どもたちが押し寄せてくる。避けるスペースなどなく必然的にバランスを崩してしまったのだ。

 体はパタリと静かな音と共に反対の道に倒れてしまった。

 

 ────それは、左の道。

 

 軌道修正ができず、スルスルと止まることなく温かな部屋にたどり着いた。

 少しずつ大きくなったぼくは、ドクンドクンと心が安らぐ音が聞こえるようになった。その音は時々、ドクドクと早まる。音色が変わるとなぜか、ぼくの安らぎが薄らいでしまい、水の中で体を動かせずにはいられなかった。

 すると必ず、柔らかな言葉が聞こえるのだ。

「あ、また動いた。きっと元気な子なのね。もし、女の子だったらお転婆さんになっちゃうわ」


 ────もしもあのとき、何も起きなければ母の望みを叶えることができたのに。


 様々な声が聞こえるようになったぼくは、次第に思うように体を動かせなくなっていった。

 ドクドクと音色が変わり、定期的に聞く声に母は問いかけていた。

「赤ちゃんの大きさは平均内です。尿たんぱく、尿糖も問題なし。とても順調ですよ。お母さんの体重管理も完璧ですし。他に何か心配なことはありますか?」

「一つだけお聞きしたいです。……この子は女の子ですか?」

 大丈夫。ぼくは先生であろう声が聞こえたときから、ギュッと足を抱き一度も動いていないから。

「すみません。今回も分かりませんでした。この子は丸まるのが好きみたいです」

「本当ですね」

 笑い声が重なり、やっと水に体を預けらた。しかし、この温かい部屋とサヨウナラする日を避けることはできないのだ。

 

 ────その日は突然やってきた。


 今まで聞いたことのないトクトクトクと激しい音が聞こえ、部屋が狭くなっていく。とても居心地が悪い。

 早く出なければ……。でもぼくの姿を見た母のことを思うと丸まりたくなる。

「あたまが見えましたよ!あともう少し!」

 抵抗などできるはずもなく、光の世界が待ち受けていた。

「おめでとうございます!元気な男の子ですよ」

「……」

 柔らかい声が聞こえない。ぼくの声のせいだろうか。

 それとも……。


「やっと、会えたね」

 目を開けることができないぼくは、声色で分かる。

 

「生まれてきてくれてありがとう。あなたは宝物よ」


 ぼくは体をのばし、力いっぱい泣いた。

 『わたし』ではなくても愛される。

 

 ぼくも母と一緒に、この世界を愛していけそうだ。

 

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