第6話 きっと、絶対に忘れられない夜

風呂から上がり、リビングへ向かう。

ベルはいなかった。


はあ、と、最初に出たのはため息だった。

ソファーに座る。


心配する感情はなかった。

さっきのことだって、僕を思っての行動だ。

しかし、

「汚れて帰ってくるのだけはやめてくれよ。」


夜は外出禁止令でも出そうか。

いや、解析も今夜で終わるだろうからこれ以降は自主的に外出することはないか?

そもそも何で…


「あー。」

体が温まったからだろうか。

余計なことまで考えてしまう。


「夜風にでも当たるか。」

二階に上がり、自分の部屋のベランダに向かう。


いた。

ベルがそこにいた。

「おお、お主もきたか。」

ベランダの壁に座ったいたベルが振り返り、僕に声を掛ける。

「そんなところいたら危ないよ。落ちたらどうするんだ。」

「落ちやせんよ。仮に落ちたとしても、ワシは平気じゃ。」

どうやら人間よりも強い体を持っているようだ。


「またいなくなったんじゃないかと思ったよ。今度から、外に出るときは僕に一声掛けてくれ。」

「なんじゃお主。ワシが心配なのか?」

心配か。

そんな感情はないと、さっき心の中で言い切ったばかりだ。

けど、

「そうだね。」

前言撤回。

強がっていただけだ。


「僕はね、ベル。君に感謝しているんだ。」

「感謝?」

「うん。」

強く肯定する。


「そうかのお?恩返しが足りないとか言うとるから、迷惑だとワシは思っとんたんじゃが。」

「ははは。冗談だよそれは。迷惑だとは少しも思っていない。本当に感謝しているし、ベルがこうして僕としゃべってくれているだけで、十分な恩返しになっているよ。」

「ほう。では、もうワシに抱きつくのは止めてくれるかのお。」

「………。」

「おい。」

それはそれ、これはこれだ。


「まったく。ワシ無抵抗とはいかんからの。」

諦めたようで、ベルは僕から目をそらし、夜空を見上げる。

つられるように、僕も上を向く。

輝きの強い星たちが、僕らを見下ろしていた。


「さっきの話の続きなんだけどさ。」

脱線した話を戻す。

「僕はね、刺激が欲しかったんだ。」

星空を見ていると、もう一度、話したくなった。


「普通に朝起きて、普通に学校に行って、普通に勉強して、普通に家に帰って、普通にご飯を食べて、普通に寝る。そんな普通の生活を送ってきたんだ。」

母さんが死んでから、忙しくなったものの、普通の生活自体は変わらなかった。


「なんか、つまんないなって、思っちゃったんだ。」

同じような日々の繰り返し。

価値のない日々の繰り返し。


「それを変えてくれる何かが欲しかった。刺激が欲しかったんだ。」

心から、そう願った。


「だから無限の可能性を秘めている宇宙に興味を持った。憧れた。天文部がある高校に入るために勉強を頑張る位には本気で宇宙を、星を、銀河を信じた。」

宇宙は広い。

解明されていないことばかりだ。

もしかしたら、僕の心を動かす何かに出会えるかもしれない。


「そんな、僕の前に現れたのが君なんだよ、ベル。」

心を動かす何か。

未知の生命体である宇宙人は、その何かに十分過ぎる存在だった。


「君としゃべっているだけで楽しい。君と一緒に過ごしているだけで面白い。いい、刺激をもらえる。」

だから、

「どこにも、行って欲しくないんだ。」

突然、消えないでくれ。

これが僕の願いだ。


「ワシも、」

ここまで黙って聞いていたベルがしゃべり出す。

「楽しいぞ。」


目が合う。

笑顔がそこにあった。


「ワシもマーサ以外に生命体がおると分かった時は驚いたものじゃ。こっちに来てからも、実際の地球のモノや文化に、これまた、驚かされておる。面白い、とな。それに、」

ベルは再度、空を見上げる。


「この景色をずっと見ておったら、お主が宇宙に期待する気持ちも、よく、理解できる。すまんかったのお。次からは、ちゃんとお主に報告するわい。」

そうか。

それは、嬉しい。


しかし、

「この景色って、この星空のこと?」

正直、住宅街だから、明かりが邪魔してそれほど多くの星は見えていない。

感動するには今ひとつ足りない気がする。


「なんじゃお主、見えてないのか。ほれ。」

急に、ベルが手を差し伸べてきた。

戸惑いながらも、掴んでみる。

「空を見てみい。」

顔を上げる。


瞬間、目に映ったのはいつか見た、満天の星。

一つ一つが輝き、夜空を包む。

幻想的で、神秘的。

掴めそうで、今にも落っこちてきそうな、それはまさしく、星空だった。


「視覚能力の共有じゃ。ああ、いつもこの状態の目ではないぞ。そこは安心せい。」

そうか。

そうなんだ。

刺激を、実感する。

僕の隣にいるのは、本当に、

「ベル。」

手を強く握り、僕は言う。


「ありがとう。」

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