第1話 出会い

高校一年生の六月。

辺りはすっかり暗くなり、人通りが少ない夜。

今日も今日とて、家路を辿る。

左には住宅街。

右にはそこそこ大きい川。


いつも通り。

普通だ。


空を見上げる。

星空が広がっていた。

街の光でせいぜい二等星までしか見えないけれど。


はあ、と、大きなため息をつく。

視線を正面に戻し、右折して、橋を渡る。


その途中、ふと、思いついた。

確か、学校で流行っていたな。

度胸試し的なやつ。


スマホを橋からはみ出した所に構えて、そのまま投げる。

キャッチ出来たら何ともないが、出来なかったら、スマホは川に、ドボン。


バカバカしいなあ。

何が楽しいのだろうか、あれ。

でも、

「一回だけ、やってみるか。」

今日の俺は僕バカだった。

スリルを欲していた。

刺激を欲していた。


橋から身を乗り出す。

スマホを持ったまま、腕を前に持ってくる。

そして、上に、スマホを投げた。


やばい。


そう直感する程に、高く上げすぎた。

しかも方向も、真上ではなく、少し斜めに投げてしまった。


どうしよう?

対策を思いつく時間はない。

無慈悲にも、スマホは最高点に達し、落下する。

速度はみるみる上がっていき、ついにすぐそこまで接近する。


諦めてたまるか。

必死の形相で、スマホを掴みにかかる。


が、当然、成功するはずもなく、俺の手に当たっただけのスマホは、川に落ちた。


固まる。

滑稽な姿で固まる。


数秒が経った。


今起きたことを理解し、反射的に走り出す。


川の流れは速くない。

まだ、スマホは見つけられる可能性が高い。

そんな都合のいい妄想をしながら、橋の下に移動する。


誰かがいた。


上からは、丁度死角になる場所。

ヘッドフォンのようなものをつけた、十歳くらいの女の子。


こんな時間に一人で?

好奇心に身を任せ、近づいてみる。

眠っているようだ。


どうしようか。

一応、警察には連絡した方がいいよな。

スマホは、って

「やべえ。」

今は川の底だった。


うーん。

正直、冷静になって考えてみると、この暗さでスマホが見つかるとは思えない。

仕方ない。

ここは、諦めて帰ろう。

ついでにこの子を、遠いけど交番に…


「うぅ…ん。」

と、ここで少女がうめき声をあげた。

目が開かれる。


「ここ、は…。」

徐々に意識が回復しているみたいだ。

「天野川だよ。」

僕は答える。

「アマ、ノ…?」

困惑しながらも立ち上がる。

まあまあ有名な川のはずだが、この辺の子じゃないのだろうか。

いや、流石にそれはないか?

わざわざ遠くから来る場所でもない。


ともあれ

「君、名前は?どこから来たの?」

これをハッキリさせないとな。

「…………。」

が、少女から返答がない。

というか、意識がないように見える。

また寝たのか?

それはない。

目は開いている。

ただただ、ぼーっとしているようだ。

思い出そうとしているのか?

もしや、記憶喪失では…


『解析が完了しました』


突如、少女から声がした。

機械の声だった。

「なるほどのぉ…。」

今度は、少女特有の高い声。

しかし、年寄りが使ってそうな、昔の口調。


立ち上がる。

「うーむ。」

僕をまじまじと見つめる。

今度は、俺が、ぼーっとしていた。

状況が呑み込めない。


「お主、名前は?」

名前?

僕は、

「類澤アタル、だけど。」

反射で答える。

「ほう。アタルと申すか。良き名前じゃ。」

褒められた。

ん?

ちょっと待てよ。

僕が先に名前を訊いてなかったか?

いつの間にか立場が逆転している。


「して、アタルよ。一つ頼みがあるのじゃが。」

気づいた時にはもう遅く、会話の主導権は少女が握っていた。


「ワシを、助けてはくれんかのぉ。」


助ける?

「いやはや、どうもワープには成功したのじゃが、如何せん、急遽、この星に来たもんで、何も用意できとらんのでな。食べる物も、住むところもない状況なのじゃ。」

ワープ?

この星?

「どうかの?ワシを保護してくれんか?」


少女のその言葉を聞いた刹那、点と点が繋がる。

これまで聞いた言葉。

会話の流れ。

この少女の見た目。


「お前、宇宙人か!」


「宇宙人…。まあ、そうじゃな。そういうことになるの。」

少女は認める。

自分が、宇宙から来た生命体ということを。

「じゃが、ワシにも名前はある。ベル・ヒープ・メガリオ。今度からはベルとでも呼んでくれなのじゃ。」

「おお!なんかそれっぽい名前じゃん!」


心が踊っている。

未知との遭遇。

待ちわびていた。

それが実現しないと分かっていながらも、諦めきれないで、願い続けていた。

それが、

「いる!いる!」

「ちょ、おい、触るでない!」

現実かどうか確かめるべく少女に触る。

手、腕、頭。

全てに感触があった。

すぐに離されてしまって、他の部位は確認出来なかったけど、十分だ。

僕は今、宇宙人と対峙している。


「なんじゃお主は!気持ち悪いのぉ!」

罵倒が聞こえた気がしたが、無視して話を続ける。

「それで、ええっと、ベルは、どこの星から来たのかな?」

一番気になっていることを訊く。

「……急な奇行から、急に真面目になるでない。」

奇行?

何のことだろうか?

「まあ、これから同居させてもらう身じゃからのお。ワシの情報も、できるだけ教えておいた方が良いか。」

一息置いて、少女、ベルは答える。

「惑星マーサじゃ。」

「ほうほう。」

聞いた事のない名前だ。


「そこから地球にやってきたってことか。」

「そうじゃな。」

「で、衣食住が確保出来ないから助けてくれと。」

「そうじゃな。」

「うん。いいよ。」

即答。

考える間もない。

「!真か?」

「もちろんだよ。」

宇宙人を家に。

こんなの、イエスに決まっているじゃないか。


「助かる。ありがとうなのじゃ。」

「いやいや。どういたしまして。」

むしろ、感謝したいのはこちらの方だ。

ああ。

信じ続けていれば、願いは叶うんだな。

これからの毎日が楽しみだ。


「じゃあ、これからよろしく。」

僕は手を前に出し、握手を求める。


「なんじゃこれは。」

おっと。

そりゃそうか。

宇宙人だもんな。

この文化は、知らないはずだ。


「握手だよ。お互いの手と手を握りあって、親睦を深めるんだ。」

「ほう。興味深い儀式じゃな。」

「儀式…とはなんか違うような気もするけど…」

「ほれ。」

認識の違いについて考えている隙に、ベルが差し出した僕の手を握る。

「これでいいのじゃろ?」

確認するよう僕を見つめる。


暗闇に慣れてきたのか、顔がよく見える。

透き通ったエメラルドグリーンの瞳。

ボサボサの、しかし妙に目を引きつける髪。

柔らかそうな肌とほっぺた。

何故か、心臓の鼓動が早くなっていた。


「…どうしたのじゃ?あっているのじゃろ?」

その言葉で我に返る。

「あ、ああ、うん。」

言葉ではないただの音を漏らす。


「中々いいものじゃなあ、これ。温もりが伝わってくるのぉ。」

温もり。

確かに、手の感触がダイレクトに伝わってくる。

いや、手だけじゃないな。

身体も、温かい。


「…ちなみにいつまでこうしているんじゃ?」

「あ!も、もう離していいよ!」

「そ、そうか。」

意図せず大きな声が出てしまった。

ベルが驚きながら俺の手を離す。


「では、改めてじゃが、よろしく頼むぞ。アタル。」

ニッ、と、ベルが笑う。

僕は、

バシッ、と、自分で自分の頬を叩いた。


「!お主何を!」

「いや、大丈夫!大丈夫だよ!一旦、集中したかっただけだ!」

お願いされている。

ぼーっとしていたら格好がつかない。

喝を入れて、僕は答える。


「よろしく、ベル!」


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